ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士は、独自の創造論を追求した人でもあり、創造論関連の著作を多数世に公開している。本稿では湯川博士が提唱した「同定理論」について解説するとともに、同理論を基礎とする「等価変換理論」について説明する。

湯川博士が注目した類比のパワー

図1●湯川秀樹
図1●湯川秀樹
(出典:Wikipedia)

 湯川秀樹博士は1907年に東京で生まれた。父親はのちに京都大学教授になる小川琢治である。したがって「小川秀樹」が本名で、結婚後に妻の姓である「湯川」を名のるようになる。

 28歳になる1934年に、湯川博士は「中間子理論」に関する論文を発表する。当時、原子の中には原子核があり、さらに原子核の中には陽子と中性子が存在した。しかしこの陽子と中性子がなぜバラバラに分解しないのか、その理由はわからなかった。

 この謎に対して湯川博士は、陽子と中性子の間に「中間子」が存在すると考えた。その上で陽子と中性子はこの中間子をキャッチボールすることで分解を回避していると推測したのである。

 中間子理論が発表された当初、この新理論に注目する人はほとんどいなかった。ところがその後、中間子の存在を決定づける発見が相次ぎ、湯川博士の名は世界中にとどろくことになる。

 そして1949年、まだ日本に戦争の傷跡が深く残っている時期に、湯川博士は日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞するという快挙を成し遂げるのであった。

 また湯川博士は1950年頃から物理学のみならず、人間がもつ創造性にも興味を示すようになる。人がもつ創造性の中で湯川博士がまず注目するのは、前回「第15回 アルキメデスの『ユリイカ!』を生んだアナロジーによる発想の技術」で取り上げたアナロジー(類比)である。

 アナロジーの中でも最もシンプルなものが比喩、つまりたとえ話である。たとば、イソップ物語はアリやキリギリスといった生物を比喩に使う。まめまめしく動き回るアリは、人間で言えば働き者の比喩である。また、特に働きもせず音楽を奏でているキリギリスは、人間で言えば怠け者の比喩である。

 イソップ物語ではこうした比喩を物語に埋め込んで、私たちに「怠惰は悪徳であり、勤勉は美徳なのだ」と警告する。これは「怠惰は悪徳、勤勉は美徳」と直接的に諭されるよりも、私たちの腹に落ちるのではないか。したがって、難解なことを誰かに説明する場合、比喩あるいはたとえ話は大きな威力を発揮する。

 また、アナロジーは相手の理解を促すだけではない。比喩やたとえ話を通じて自分自身も難解なことを理解できるようになる。わからないことがわかればそれは発見であり、これすなわち創造的な活動にほかならない。