この連載では、仕事で勝てる「ビジネス文章力」をテーマにしている。良いビジネス文章を書きたいなら、単に礼儀作法を知っているだけではダメである。ビジネススキルを向上させること、これが良いビジネス文章を書くための条件である。

 筆者は、「文章は忠実に人の能力を写す鏡」だと考えている。文章の不備は書いた人間の不備、文章がダメなら書いた人間の能力も不十分。文章が悪いのではない、人間が悪いということだ。

 当文章治療室では、筆者がこれまで実務現場で経験してきたケースを使い、さまざまな文章力不足を「病」にたとえ、治療というコンセプトで、スキルアップの具体的方法について紹介する。

 今回は「指示力欠乏症」の治療である。仕事で部下に指示するときは的確に、やり直しがないようにする必要がある。うまく指示を出すことで、組織のパフォーマンスは向上する。

 しかし「指示」は難しい。部下への指示が適切でないと、仕事をどう進めるのかが理解できない。その結果、仕事がいまくいかず、部下が上司に不信感を抱くことも多い。今日の患者さんも、そういう問題を抱えていた。

戸山氏から部下に関する相談

 ある企業のシステム開発課長の戸山氏(仮名)から、部下の課長補佐の大島氏(仮名)の件で相談があった。戸山氏が言うには、大島氏はかなり優秀で、仕事が速く、業務知識もIT関連知識、仕事に対する意欲、向上心なども抜群であるという。

 「それは素晴らしい」と筆者が言うと、戸山氏は「そうでもない。組織長としての資質に問題がある」と言う。聞いてみると、大島氏は部下との関係が良くないということだった。

 大島氏は、部下にも自分と同等の能力があるべきと考えており、「自分ができることは部下もできてもらわないといけない」と考えている、と戸山氏は感じるらしい。

 「部下は努力をしていないわけじゃない」「最初からは無理だ」「もっと仕事を丁寧に教えてやって欲しい」戸山氏が説いても、大島氏は納得しない。「そんな甘いことでは、部下はいつまで経っても戦力にならない」──そのように言うらしい。

 戸山氏と大島氏の関係は悪くはないが、部下に関する指導のあり方は常に平行線のままであるとのことだった。「大島の言うことも分かるが、部下の不満もたまっている。何とか大島には、うまくやって欲しい。どうすればよいか」と戸山氏の相談はこういう内容だったのだ。

 筆者は、戸山氏の話だけでは分からないので、大島氏の書いた文章を見て、本人と話をしたいと戸山氏に伝えた。大島氏が文章治療室に来たのは、こういう経緯であった。