「棋士が戦略を決める際、攻めの手は後帯状皮質、守りの手は前帯状皮質唯側部で考え、前頭前野背外側部でそれぞれの価値を比較して最終的な結論を出している」――(図1)。富士通研究所は理化学研究所 脳科学総合研究センターの田中啓治シニアチームリーダらの研究チームと共同で、人間の脳の働きに関するメカニズムの解明に向け、脳科学の研究を続けている。

図1●棋士が戦略を決める際の脳の働き
図1●棋士が戦略を決める際の脳の働き
(画像提供:理化学研究所、富士通研究所)
[画像のクリックで拡大表示]

 ITベンダーの富士通が、なぜこのような研究をしているのか。富士通研究所の原裕貴取締役は、「ニューラルネットワークを進化させられる可能性がある」と語る。ニューラルネットワークとは、脳神経細胞(ニューロン)のネットワークをコンピュータで模擬的に再現したもの。これを応用した機械学習である深層学習(ディープラーニング)は、現在の第3次人工知能(AI)ブームをけん引する領域の一つだ。

 「現在のディープラーニングは、単一のニューラルネットワークを多重化したものが主流」と原取締役は語る。人間が直観的な判断をする際の脳の役割分担などを明らかにすることで、「役割を分担させた新しい種類のニューラルネットワークを構築できるかもしれない」(原取締役)。1980年代半ばから90年代初頭に到来した第2次AIブームが沈静化して以降、細々とニューラルネットワークの研究を続けてきたメンバーも加わっているという。

 世界が注目するAIの分野をリードできれば、富士通の事業拡大につながるのは確実だ。ただしこの脳科学研究、「元々、ニューラルネットワークとは関係なかった」と原取締役は明かす。