コピーライターだが、もともとコミュニケーションは得意ではなかった。言葉の微妙なニュアンスを理解する必要がなく、答えが1つに決まる理系に進学した。しかし、就職活動中に「他人とコミュニケーションできる人間になりたい」という思いに気付いた。インターネットの黎明期だったことが幸いし、当時としては珍しくWebデザインができる点を評価され、広告会社でコピーライターになることができた。

良い言葉には共通点がある、正反対の言葉で心をつかむ

「伝え方が9割」著者 コピーライター/作詞家/上智大学非常勤講師/ウゴカス代表 佐々木 圭一 氏
「伝え方が9割」著者 コピーライター/作詞家/上智大学非常勤講師/ウゴカス代表 佐々木 圭一 氏

 「伝え方が9割」という本を書こうと思ったのは、伝え方には技術があり、誰でも学べることを私自身が経験したからだ。伝え方ひとつで相手は変わる。例えば、好きな人をデートに誘うとき、ストレートに「デートしてください」と言うと、断られる確率が高いが、「驚くほどうまいパスタの店があるけれど、一緒に行かない?」と聞いてみると、イエスの確率は高くなる。

 駆け出しのコピーライターだったころ、上達したい一心でよい言葉を見つけたらノートに書き留めた。「考えるな、感じろ」(映画、燃えよドラゴン)、「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ」(テレビドラマ、踊る大捜査線)──。あるときノートを見返すと、共通点に気付いた。「考えるな」と「感じろ」、「会議室」と「現場」──。正反対の言葉を並べることで、人の心を動かせる。人を動かす言葉には法則があり、心を動かす言葉はつくることができる。どんな資格を取得するより、まずは伝え方を学ぶ。就職でも、昇進でも、最後まで守ってくれるのは伝え方だ。

 では、相手がイエスと言いたくなるようにするにはどうすればよいのか。ノーをイエスに変える3つのステップがある。ステップ1は、自分の頭の中をそのまま言葉にしない。好きな人にデートしてほしいとストレートに言わない。ステップ2は、相手の頭の中を想像する。相手は興味ないあなたとデートしたくないかもしれない。ステップ3は、相手のメリットと一致するお願いをつくる。相手がイタリアン好きなら、それを満たす言葉をつくる。

 デートだけではない。仕事でも3つのステップで言葉をつくると、今までノーと言われていたものの多くがイエスに変わる。企画書を提出期限までに仕上げられず、上司に期限の延期を頼む。「期限を延期してもらえませんか」だけでは、仕事をこなせないという印象を与えるし、了解も得にくい。伝え方を「クオリティを上げたいので粘ることはできませんか」とするだけで、頑張り屋だという印象を与え、「イエス」と言ってもらえる可能性は高まる。必ずうまくいくわけではないが、仮に1日に1つでもノーをイエスに変えられたら、人生は大きく変わる。

相手の頭の中を想像、7つの切り口が実現

 この3つのステップの中で、最も難しいのはステップ2だ。しかし、相手の頭の中を想像することは不可能ではない。とっておきの7つの切り口がある。それを紹介する。

 切り口1 は、相手の好きなこと。「驚くほどうまいパスタはどう?」は相手の好きなことをもとにつくり、相手のメリットに変えている。ファストフード店で注文した商品がなく、「出来たてをご用意しますから、4分お待ちください」と言われた。見事な伝え方で、「出来たて」と言われなければ私は店を出ていた。

 切り口2は、嫌いなこと回避。「芝生に入らないで」は、あなたのメリットでしかない。「芝生に入ると、殺虫剤の臭いが付きます」は、相手の嫌いなことをもとにつくり、あなたのお願いを聞くことが相手のメリットに変わっている。

 切り口3は、選択の自由。切り口1の応用で、2つ以上の相手の好きなことを並べ、相手が選べるようにする。一押しの企画でも、それだけをプレゼンテーションすると断られることがある。ほかの企画も一緒に紹介し、「どちらがよいですか」という話し方をすると、採用される可能性が高まる。

 切り口4は、認められたい欲。人間には認められたいという本能がある。それを満たすためなら少しくらい面倒なことでもやる。部下に残業を頼むとき、「君の企画書が刺さるんだよ。明日までにお願いできない?」と表現すれば、認められているからやってやろうという気持ちが生まれる。

相手の名前を出し、あなたこそ必要だ

 切り口5は、あなた限定。誰も行きたくない自治会のミーティングに誘うとき、「他の人が来なくても、佐々木さんだけは来てほしいんです」と相手の名前を出し、「私こそが必要だと思ってくれている」と思わせ、心を満たすことで相手は動いてくれる。

 切り口6は、チームワーク化。相手が「面度くさい」と思っているとき、「そこまでやる必要性が見つからない」と感じているときに効果を発揮する。「一緒にやりましょう」と相手を仲間にする。

 切り口7は、感謝。太古の昔から人はお願いを叶えてもらうため感謝をしてきた「。トイレをきれいに使ってください」ではなく、「トイレをきれいに使っていただき、ありがとうございます」。感謝が入ると、人はお願いを拒否しにくい。

 米国では人種も宗教も異なる人が集まるため、子どものころからコミュニケーションの仕方を学ぶが、日本では誰も教えてくれない。日本人も米国人のようにコミュニケーションを学ぶことで、技術や商品の魅力をうまく伝えることができれば、日本全体が幸せになるだろう。