元従業員が転職後に仕入れ先情報を利用した、として企業が訴えた。「営業秘密」だと容易に認識できたかどうかが争点となった。企業は全従業員と秘密保持の誓約書を取っていたが、裁判所は内容が抽象的だとして、損害賠償請求を退けた。

 あらゆる企業が、事業活動に不可欠な技術、ノウハウ、経営情報、顧客情報を保有している。これらのうち企業が外部に漏らしてはいけないと取り決めた情報を総称して「企業秘密」と呼ぶことが少なくない。ただし企業秘密という概念は、法律上のものではない。

 法的には、企業秘密と類似した概念として、不正競争防止法上の「営業秘密」が存在する。営業秘密については後述する。同法は、営業秘密に該当する情報を不正に取得、使用、開示することを禁じている。産業スパイが営業秘密を社外に持ち出すケースもあるが、頻繁に問題になるのは従業員の転職に伴う持ち出しだ。

秘密管理性の有無が争点に

 今回取り上げるのは、レコードやCDなどのインターネット通信販売を営む企業X社が、競合他社に転職した元従業員のY氏を東京地方裁判所に提訴した裁判例である。

 X社に在職しているとき知ったレコードなどの仕入れ先情報をY氏が持ち出し、競合他社に就職した後も使用していることが、不正競争防止法に違反しているとして損害賠償を請求したものだ。

 本件では、X社が保有していた仕入れ先情報(以下、本件仕入れ先情報)が、不正競争防止法上の営業秘密に該当するか否かが争点になった。本件仕入れ先情報は、国内外500件弱の仕入れ先に関する名称・氏名、住所、電話番号、FAX番号、担当者の氏名、取り扱い商品の特徴などを含んでいた。

 不正競争防止法では、営業秘密は「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(太字は筆者が付した)と定義されている。

 上記の下線部は、営業秘密として保護を受けるために満たすべき三つの要件を表す。すなわち、情報が秘密として管理されていることを指す「秘密管理性」、技術上あるいは営業上、事業活動に有用なものである「有用性」、公然の事実ではないことを示す「非公知性」である。

 このうち争点になることが多いのは、秘密管理性の要件だ。XとYの裁判でも、本件仕入れ先情報に秘密管理性が認められるかどうかが、最大の争点となった。