納期順守のため、ITベンダーが正式契約前に開発に着手する。IT業界では決して珍しいことではない。しかしユーザーとの交渉の末、契約締結に至らないリスクもある。ITベンダーはどのような自衛策を講じるべきだろうか。

 ユーザー企業の同意を得て、ITベンダーが正式契約を交わす前に、システムの“先行開発”を始めた。ところが契約は最終合意に至らず、先行開発の報酬や費用を支払ってもらえない。そこでITベンダーが費用の支払いを求めて、ユーザー企業を提訴する。こうした紛争が頻繁に見受けられる。

納期を守るために先行着手

 ITベンダーが、正式な契約の締結を待たずに先行開発を始める動機はいくつか考えられる。

 「契約交渉の段階ではあるものの、開発を進めてしまえば、ユーザー企業は競合ベンダーに乗り換えにくいだろう」。例えば、こんな打算的な狙いで先行開発に着手するITベンダーは、紛争に発展するリスクを自らの判断で生じさせているといえる。先行開発に要した報酬などを支払ってもらえないとしても、仕方のない側面があるだろう。

 しかし、ベンダーがやむを得ない事情から先行開発に着手するというケースも考えられる。その一つが、ユーザー企業が求める納期に間に合わせるには、正式契約の締結を待っていられない場合だ。

 ユーザー企業の要望に応えるため先行開発に着手したにもかかわらず、その分の報酬などを支払ってもらえないとすれば、ITベンダーにとっては酷だろう。

 このようなケースでは、裁判所はどのような判決を下すのか。税関連業務システム(税関連システム)の開発費の支払いを巡り、名古屋地方裁判所を舞台にして地方自治体の愛知県蟹江町とITベンダーの日本コンピューター・システム(NCS、現NCS&A)とが争った2004年の裁判例を見てみよう。