日本社会を根底から支える社会インフラとなる可能性がある準天頂衛星システム。だが、その誕生までの経緯は、シーズとニーズの両方が十分に考えられたものではなかった。企業や国家、さらには官庁の思惑に何度も左右され、用途も二転三転した。

 実際のところ、「日本にとって本当に必要な測位衛星システムは、準天頂衛星システムだったのか」という点では、現在も疑問が残っている。今回は、準天頂衛星システムの開発が決まるまでの1990年代からの経緯を解説する。

お手本となった旧ソ連のモルニヤ軌道

 日本上空に長時間滞留する準天頂軌道には、技術的なお手本が存在した。旧ソ連が高緯度地方の衛星通信のために考案・利用した「モルニヤ軌道」である。

 通常、通信衛星は赤道上空3万6000キロメートルの静止軌道を利用する。静止軌道に入った衛星は、地球の自転と同期して24時間で地球の周囲を回る。このため、地上からは空の一点に静止したように見える。衛星との通信時に、アンテナの向きを変える必要がなく、しかも24時間いつでも利用可能となる。

 しかし高緯度地域では、静止衛星は地平線の近くに見えるので、見通しが悪い。さらに、北緯/南緯81度以上だと、静止衛星は地平線の下に没してしまう。そこで1960年代の旧ソ連の技術者は、シベリアなどの高緯度地方でも衛星通信を可能にする軌道として、モルニヤ軌道を考案。この軌道に同じ「モルニヤ」という名称を持つ通信衛星シリーズを打ち上げた。

 地球を巡る軌道の、一番地表面から近い点を近地点、一番遠い点を遠地点という。モルニヤ軌道は、近地点高度500キロメートル、遠地点が高度4万キロメートル、周期12時間、軌道傾斜角(赤道に対する軌道の傾き)が63.4度の、大きく傾いた長楕円軌道だ。遠地点は、北半球の上空に来る。

モルニヤ軌道。北半球に遠地点のある周期12時間の長楕円軌道である
モルニヤ軌道。北半球に遠地点のある周期12時間の長楕円軌道である
(出所:NASA)
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