日本で考案された理論を基にする「量子アニーリング方式」の量子コンピュータは、人工知能の開発に欠かせない「機械学習」を高速に処理できる可能性がある。米Googleが「既存コンピュータに比べて1億倍高速」と実証したカナダD-Wave Systemsを追って、日米の研究機関が人工知能用の量子コンピュータの開発を加速させている。

 D-Waveの量子コンピュータ「D-Wave 2X」が「組み合わせ最適化問題」を既存のコンピュータに比べて最大1億倍(10の8乗倍)高速に解ける(関連記事:D-Waveの量子コンピュータは「1億倍高速」、NASAやGoogleが会見)――。Googleがそう発表した直後に当たる2015年12月10、11日、シリコンバレーにある米スタンフォード大学で、D-Waveを追いかける日米の研究機関が量子コンピュータをテーマにしたワークショップ「New-Generation Computers: Quantum Annealing and Coherent Computing」を開催した(写真1)。

写真1●米スタンフォード大学で開催されたワークショップの様子
写真1●米スタンフォード大学で開催されたワークショップの様子
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日米がD-Waveを追いかける構図

 両国政府はそれぞれ数十億円規模の国費を投入して、D-Waveと同様の「組み合わせ最適化問題」を高速に解ける量子コンピュータの研究開発を進めている(図1)。日本の内閣府による「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の中で進められている「量子人工脳を量子ネットワークでつなぐ高度知識社会基盤の実現」プロジェクト(以下、量子人工脳プロジェクト)と、米国の国家情報長官室(Office of the Director of National Intelligence)による「情報先端研究プロジェクト活動(IARPA)」の中で進められている「Quantum Enhanced Optimization(QEO)」プロジェクト(以下、IARPA QEOプロジェクト)がそれに当たる。

図1●量子コンピュータの方式と主な開発組織
図1●量子コンピュータの方式と主な開発組織
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 量子コンピュータとは、「量子力学」の原理を応用して演算を行うコンピュータのこと。既存のコンピュータに比べて圧倒的に高速に計算できる「夢のマシン」とされ、1990年代から「量子ゲート方式」と呼ばれる量子コンピュータの開発が世界中で進められてきた。しかし「量子ゲート方式」の実現は、数十年は先のことだと考えられていた。

 ところが2011年にカナダのD-Wave Systemsが、東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史氏が提唱した理論「量子アニーリング」に基づいた「量子アニーリング方式」の量子コンピュータを商用化した(関連記事:驚愕の量子コンピュータ)。2013年5月にはNASAやGoogleが「Quantum Artificial Intelligence Lab(QuAIL、量子人工知能研究所)」を設立してD-Waveの量子コンピュータを導入し、それが「本当に量子力学の原理を応用している」ことや「実際に計算ができること」を実証し始めた。これらが契機となり、量子ゲート方式ではない量子コンピュータの開発が、日本や米国で加速している。

 今回スタンフォード大学で開催されたワークショップには、日本の量子人工脳プロジェクトや米国のIARPA QEOプロジェクトに参加する研究者のほか、GoogleやNASA、南カリフォルニア大学といったD-Waveの量子コンピュータを既に使い始めている組織の研究者が、自らの研究について説明した。

量子コンピュータが人工知能の「切り札」になる可能性

 各研究について見ていく前に、まずはなぜD-Waveの量子コンピュータが注目を浴び、日米政府がD-Waveを追いかけているのかを説明しよう。

 量子アニーリング方式の量子コンピュータが注目されているのは、人工知能の開発に欠かせない「機械学習」や「ディープラーニング」の計算処理の実態である「組み合わせ最適化問題」を高速に解ける可能性があるからだ。