米Amazon Web Services(AWS)の年次イベント「AWS re:Invent」では興味深いことに、競合のイベントではよく耳にする「AI(人工知能)」と「ブロックチェーン」という2つの単語を聞くことがない。

 AWSは2017年11月末に開催したAWS re:Invent 2017で、音声アシスタント「Alexa」をオフィスで利用するためのサービス「Alexa for Business」や、機械学習のモデル構築などを容易にする「Amazon SageMaker」など、様々なサービスを発表している。

 しかし、基調講演で新サービスを発表したAWSのAndy Jassy CEO(最高経営責任者)や米Amazon.comのWerner Vogels CTO(最高技術責任者)は、これらのサービスを説明するのに機械学習やディープラーニング(深層学習)といった単語は使っても、AIという単語は決して言わなかった。

 また、米Microsoftや米IBM、米Oracleなどの競合がブロックチェーンのクラウドサービスを提供しているのに対し、AWSにはブロックチェーン関連のサービスがない。特にAWSの場合は、CEOのJassy氏がAWS re:Inventの記者会見で「ブロックチェーンに関しては動向を注意深く(ケアフリー)に見ている」「ブロックチェーンは興味深いが、実用的(プラクティカル)なユースケースを見つけられていない」と断言するなど、冷淡さが際立つ。

 なぜAWSはAIという単語やブロックチェーンに対して“冷たい”のか。AmazonのVogels CTOがAWS re:Inventの期間中にインタビューに応じたので、その理由を直撃した。

インタビューに応じる米Amazon.comのWerner Vogels CTO
インタビューに応じる米Amazon.comのWerner Vogels CTO
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AWSは現在、意図的にAIという単語を使っていないように見受けられるが、それはなぜか。

Vogels CTO 私はアカデミアの世界の出身だが(Vogels氏はAmazonのCTOに就任する前は、米コーネル大学のコンピュータ科学研究者だった)、アカデミアの世界ではAIとは、機械学習や深層学習、自然言語処理などを含む広い概念だと考えられている。

一般の人々はAIに不信感を持っている

 ところが現在、AIは一般の人々に「人間を脅かすもの」と認識されているのが実情だ。多くの人々はSF映画などを見て「AIが世界を征服するのではないか」と恐れている。

 しかし我々はテクノロジー会社だ。Amazonが機械学習で目指しているのはそういうこと(世界征服)ではなく、「大量のデータからより良い知見を発見すること」に尽きる。データから知見を引き出すため、かつては人間がアルゴリズムを記述する必要があった。だが今は機械学習を活用することで、データの中からアルゴリズムを生み出せるようになった。

 流通業としてのAmazonは(創業当初の)25年前から機械学習を活用している。商品の推奨(レコメンデーション)や類似品探索(シミラリティ)など、これらは皆、機械学習ベースだ。それ以外の興味深い事例としては、不正取引の検出がある。過去の何十億件、何百億件という取引データから、取り引きが正常か不正かを予測するアルゴリズムを機械学習で開発し、顧客の保護に役立てている。

機械学習は人間を手助けする技術

 機械学習や深層学習が登場したことで、人間は従来よりも複雑なデータを分析できるようになった。つまり機械学習は、人間の力を増強(オーグメント)するものだ。医療の世界では現在、レントゲン写真による腫瘍の発見に、深層学習ベースの画像認識機能を活用する動きが始まっている。深層学習を使うことで、放射線科医は従来よりも多くの患者を診断できるようになるが、放射線科医がテクノロジーに置き換えられてしまうことは当面あり得ない。

 テクノロジーは人間を置き換えるものではなく、手助けするものだ。だから私は「恐ろしいAI」ではなく、機械学習や深層学習といったテクノロジーの単語を好んで使うことにしている。

 我々は、機械学習や深層学習といったテクノロジーをそのまま顧客に提供するのではなく、それらをベースにしたハイレベルなサービスを提供している。音声認識や機械翻訳、文字認識、動画認識などだ。これらは深層学習をベースにしているが、エンジニアは深層学習そのものを学ばなくても、我々が提供するサービスを利用するだけで、アプリケーションに音声認識などを実装できるようになる。

 実際、Amazonの社内でも何千人ものエンジニアが機械学習や深層学習に関連する開発をしているが、彼ら彼女らの多くもこうしたサービスを利用している。

 我々は「製品思考(プロダクトシンキング)」の会社だ。最新のテクノロジーを顧客に提供するという考え方ではなく、どうすれば顧客の悩みを解決できるのか、どのような製品なら顧客に使ってもらえるのかを最優先に考えている。機械学習というテクノロジーではなく、音声認識のようなサービスを提供しているのは、我々の製品思考の考え方に基づいている。