「マネジメントチーム全員で熟読した」。シリコンバレーで活躍するスタートアップのCEO(最高経営責任者)がそう語る書籍がある。2015年4月に日本語版が発行された「HARD THINGS(原題は「The Hard Thing About Hard Things」)」だ。著者はシリコンバレーの有力ベンチャーキャピタル(VC)であり、「a16z」の略称で知られる米アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者、ベン・ホロウィッツ氏(写真1)。

 HARD THINGSは、スタートアップのCEOが直面する「本当に大変なこと」について、ホロウィッツ氏が自身の起業経験も交えて論じる。「一昔前のVCはスタートアップから創業者を排除して、プロフェッショナルCEOを外部から招聘していた。スタートアップのオペレーションが容易になった今日は、イノベーティブな創業者がCEOを務めるべきだ」。そう語るホロウィッツ氏に話を聞いた。

(聞き手は中田 敦=シリコンバレー支局)
写真1●オフィスに飾るアメリカンフットボールのユニフォームとベン・ホロウィッツ氏
写真1●オフィスに飾るアメリカンフットボールのユニフォームとベン・ホロウィッツ氏
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「HARD THINGS」を執筆した動機は。

 私は常々、経営書に書いてある内容が、スタートアップのCEOにとって本当のHard Thing(大変なこと)ではないと感じていた。スタートアップのCEOが直面する本当に大変なこととは、「経営チームを組織すること」や「お金を使いすぎないこと」「レイオフをすること」などだが、こういった内容を教えてくれる経営書は存在しなかった。

 そういった本が無いのなら自分で執筆しようと考えたのが「HARD THINGS」だ。テクノロジースタートアップの起業家に向けて書いた書籍がベストセラーになるなんて、本当に驚いている。

本書には、あなたが15年前にテクノロジースタートアップ(システム運用管理ソフトウエアの「Opsware」、元々の社名は「Loudcloud」)を起業した経験がふんだんに描かれています。当時と現在とで、スタートアップを取り巻く状況に違いはありますか。

 最大の変化は、スタートアップが15年前に比べて、製品を生み出すことにより専念できるようになったことだ。

 15年前、ソフトウエアの製品を生み出そうと思ったら、プログラムを開発するだけでなく、そのプログラムが様々な環境で稼働できるか検証したり、営業チームを組織して企業に売り込んだり、製品をサポートする「プロフェッショナル・サービス・チーム」を組織したりしなければならなかった。

 しかし、現在は「Amazon Web Services(AWS)」のようなクラウドがあり、数人のエンジニアとラップトップパソコンがあれば、サービスを開発して市場に売り込めるようになった。つまり今日のスタートアップのCEOには、過去のCEOに求められていたようなオペレーション能力は求められていない。その代わりに、クリエイティビティがより求められるようになった。