日本のIT業界を特徴づける「多重下請構造」について、日本の内と外、異なる視点から多角的に取り上げ考察する本対談。最終回は、日本のITプロフェッショナルたちが向かうべき姿を提言してもらった。(司会・進行は石井 智明=日経コンピュータ編集委員)
――前回、日本と米国で、IT業界やソフトウエアエンジニアが置かれた境遇に大きな隔たりがあることが明らかになりました。では、それを改善するにはどうすればよいのか、あるいは、個々のエンジニアはどう振る舞うべきなのか。社会構造をはじめとして、これまで指摘してきたような前提条件は、そう簡単には変わらないはずです。そんな中で、ITプロフェッショナルたちは自分をどう磨き、どう方向性を見定めていけばよいのか。光明はありますか?
木村 私はすごくあると思っています。何かというと、小売りとかサービス業ではエンジニアのマインドが全然違いますから。びっくりするぐらい野心的で、いろいろなことをやっている。製造業の場合、実はもうやることがなくなっちゃっていて、バックヤードのシステム運用保守くらいしか残っていない企業が多いのですが、コンビニエンスストアなんかはそうじゃない。店頭やPOSを中心にいかにIT化していくか、新たなサービスを組み込んでいくかが勝負になっています。
お客さん向けの新しいサービスをつくるのがIT部門の技術者のミッションみたいになっている。皆さんどんどん現場へ出て、いろいろなアイデアをIT部門ともんで作っている。フロント側でITを活用しようという企業の技術者は明らかに違います。
例えばローソンなんかもそうです。技術者が「Google Glassを研究したい」とCIO(最高情報責任者)に進言したところ、すぐに「やれ」となったそうです。「どうしてそんな海のものとも山のものともつかぬものを研究させるんですか?」と聞きましたら、「機器が普及してからサービスを考えたのでは遅い」と。「例えば、お客さんがGoogle Glassやそれに類するウエアラブル機器を付けだしたら、そこにどんな可能性があるか事前に検証し、必要があれば対応できるようにしないと」と話されていたのが印象的でした。
すべての企業がとは言いませんが、多くのサービス業、製造業を含めて、本業のビジネスがこれからはますますデジタル化していきます。そこで用いられる新しいシステムのニーズに応えるには、今までのやり方ではダメです。まさに作っては試しのアジャイル流のやり方をやらないととても間に合わない。そうなれば自ずと、物事の考え方や進め方は劇的に変わってきます。
ただ、残念なことに今主流なのは金融や公共の案件。金融機関なんかは、本来そういったチャレンジをやらなくてはならないはずなのだけれど、監督官庁にがんじがらめになっている。あと製造業は、さっきも言ったように、IoT(Internet of Things)の時代というわりには、あまりやることがない。だからあまりいい話が出てこないのですが、サービス業系の皆さんの感覚は、米国の技術者並みとは言いませんけれども、かなり変わってきています。
当然、そういう人たちと一緒に仕事をしているところは、あまり聞いたことがないようなベンチャーです。ユーザー企業からすると、大手ベンダーに頼んでも下請に投げるだけだから直接やった方がいいとか、請け負ってもらうと指揮命令系で問題がありそうだから派遣で来てもらおうとか、いろいろ理由はありますが、とにかく最初の企画の段階からチームに入ってもらって、サービスの内容からシステムの設計まで一気通貫にやらせる。そういう話を結構聞きます。
こうしたプロジェクトはリーンスタートアップになるので、取引金額は小さく収まる。でも、そこはそれほど問題じゃない。野心のあるベンチャーとか能力のある技術者って、そこで面白いことができるかどうかを重視するんです。ただ、米国に比べると報酬ははるかに安い。そこは問題でしょう。