読者の皆さんは「アプリのM&A」と言えば、何を想像するだろうか。やや古いが大型案件として、楽天による「Viber」の買収を思い起こす人がいるかもしれない。Viberは無料通話とメッセージ送受信のアプリで、世界各地で多くのユーザーを獲得していた。楽天はViberにより、一気にメッセージアプリの大手の一つになった。ただ、これは楽天がアプリを買収したと言うよりも、バイバー・メディアという企業を買収したと言った方が正しい。

 筆者がこの連載で定義するアプリのM&Aとは、「企業や個人がアプリマーケット上にリリース済みのアプリそのものを別の企業/団体が買収し、名義と知財を移転すること」を指す。ここでのアプリは、スマートフォンやタブレットなどで動作するモバイルアプリを想定している。「企業を買収した結果アプリが手に入る」のではなく、アプリのみを買収するのがアプリのM&Aだ。

 アプリのM&Aでは、以下を行う。

  1. アプリマーケット(主にはGoogle Play、App Store)上でのアプリ提供者の名義変更
  2. スマートフォンアプリ及びサーバーサイドのソースコード、画像、その他知財の移転

 アプリのM&Aにおいて重要な要素の一つが、この「名義変更」だ。2013年6月まで、App Storeではアプリ提供者の名義変更ができなかった。社名を変更したり、企業合併が発生したりしても、App Store上でのアプリ提供企業名を変えられなかったのだ。アプリを買収しても、以前の提供者名のまま運営を続けなければならず、企業にとってアプリのM&Aはあまり魅力的ではなかった。

 ところが2013年6月にApp Storeで名義変更が可能になると状況が一変。アプリのM&Aが盛んになってきた。例えば、世界市場でアプリのM&Aを扱っている米アップトピア(Apptopia)が公開している売却案件を見ると、2013年7月以降に取引件数が急速に増加しているのが分かる。

 名義が移転できるようになったことで、アプリのM&Aを実施する環境は整ったと言えるが、なぜ、アプリのM&Aを各社が実施するようになったのだろうか。売り手と買い手の双方の立場を考えてみよう。

事業転換や収益確定のためにアプリを売りたい企業

 売り手の理由は主に二つある。一つは企業のリソース集中/事業転換によるもの。筆者のところには、アプリ売却を希望する企業、個人から多数の相談が寄せられる。最も多いのは「新しいアプリ開発のため、あるいはアプリ事業撤退による新規事業開発のために組織内のリソースを集中する必要があり、現在運用しているアプリを手放したい」という声だ。