ソフトバンクのサブブランドであるワイモバイル(Y!mobile)は、2016年から米グーグルが提供する「Android One」を採用したスマートフォンに力を入れるようになった。もともと新興国向けだったAndroid Oneを日本で採用し、注力する理由はどこにあるのだろうか。

ワイモバイルがAndroid One端末を拡充

 総務省の施策の影響により、スマートフォンを実質0円で販売できなくなったことから、ここ最近MVNOなどを中心とした低価格でスマートフォンが利用できる通信サービスの人気が急上昇している。そうした低価格サービスの中で高い人気を誇っているのが、ソフトバンクが別ブランドとして展開しているワイモバイルだ。

 ワイモバイルはソフトバンクが直接運営していることのメリットを最大限に生かし、大手キャリアよりは低価格ながらも、全国にショップを構え、型落ちながらiPhoneを正規に取り扱うなど、販売・サポート面でMVNOより安心感のあるサービスを実現。スマートフォンの料金を安くしたいけれど、MVNOは不安だというニーズをうまくくみ取ることで急成長を遂げている。

 そのワイモバイルが、2016年よりAndroid Oneに力を入れるようになった。Android Oneは、最低1回以上のAndroidのメジャーバージョンアップに加え、セキュリティアップデートなども保証したグーグルのAndroidスマートフォン向けプラットフォーム。Android標準のインターフェースのほか、「Gmail」「Googleマップ」といったグーグルが提供するアプリが一通り利用でき、なおかつアップデートが保証されているので、セキュリティ面での安心感も高い。

 「Nexus」「Pixel」シリーズのようにグーグルが直接開発に関わらず、端末を開発するメーカーは様々だが、ソフト面は純粋なAndroidに近いというのが、Android Oneの利点といえるだろう。ワイモバイルは2016年7月に、このAndroid Oneを採用したシャープ製端末「507SH」を発売した。その売れ行きが非常に好調であったことから、2017年1月18日の発表会では、新たにシャープ製の「S1」と、京セラ製の「S2」という2つのAndroid Oneスマートフォンを投入することを発表している(写真1)。

写真1●ワイモバイルは新しいAndroid Oneスマートフォン2機種の投入を発表。写真の京セラ製端末「S2」は、フィーチャーフォンから移行しやすくするため赤外線を搭載している。写真は1月18日の「Y!mobile 2017 spring」より(筆者撮影)
写真1●ワイモバイルは新しいAndroid Oneスマートフォン2機種の投入を発表。写真の京セラ製端末「S2」は、フィーチャーフォンから移行しやすくするため赤外線を搭載している。写真は1月18日の「Y!mobile 2017 spring」より(筆者撮影)
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 だがAndroid Oneは、もともと新興国で販売されるミドルクラス以下のスマートフォンを対象として提供されてきた。にもかかわらず、ワイモバイルがそれをあえて日本に持ち込み、力を入れる理由はどこにあるのだろうか。

もともとはセキュリティやフラグメンテーションへの対策

 Android Oneが誕生した経緯を振り返ってみると、新興国で販売されるスマートフォンが抱えるいくつかの問題があった。

 新興国向けのスマートフォンは先進国向けのハイエンドモデルなどと比べ、性能は低くても価格が安いことが重視される。だが安価に作られたスマートフォンは、性能面の問題などもあってメーカーがOSアップデートを提供しないものも多く、セキュリティ面で不安を抱えたままとなってしまう。加えてOSをアップデートできない端末が増えれば、Androidが以前より抱えているフラグメンテーションの問題をより広げることにもつながってしまう。

 そうしたことから、グーグルが新興国向けの低価格スマートフォンに対して、アップデートなどを保証したAndroid Oneを2014年より開始。現在、これを採用したスマートフォンは既に20ヵ国以上で販売されている。

 では、ワイモバイルがそのAndroid Oneを日本に持ち込んだのには、どのような理由が働いているのだろうか。

新興国とは異なる理由で起こりやすいフラグメンテーション

 確かにワイモバイルは、前身の1つであるイー・モバイル(イー・アクセス)が2013年に「Nexus 5」を販売し、大きなヒットをもたらして以降、「Nexus 6」「Nexus 5X」、そして昨年末には「Nexus 6P」を取り扱うなどしており、元々グーグルと深い関係を持つ(写真2)。

写真2●ワイモバイルは、前身の1つであるイー・モバイル(イー・アクセス)の時代に「Nexus 5」を取り扱い、大ヒットをもたらして以降、グーグルとは深い関係にある。写真は2013年11月1日のイー・モバイル新商品発表会より(筆者撮影)
写真2●ワイモバイルは、前身の1つであるイー・モバイル(イー・アクセス)の時代に「Nexus 5」を取り扱い、大ヒットをもたらして以降、グーグルとは深い関係にある。写真は2013年11月1日のイー・モバイル新商品発表会より(筆者撮影)
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 一方で、低価格のサービスが主力となり、低価格のスマートフォンを取り扱うなかで、ワイモバイルもいくつか問題を抱えることとなった。

 1つは、新興国とは異なる要因でフラグメンテーションが起こりやすいこと。日本のキャリアが販売するスマートフォンは、キャリア独自のアプリを入れるなどしてカスタマイズされることが多く、検証に手間や時間がかかるなどの理由からOSのアップデートが遅れたり、提供されなかったりする場合が多いのだ。この問題は以前が多くのユーザーが指摘しており、キャリアによる独自アプリのインストールに不満を抱く人も少なくない。

 特にワイモバイルは、低価格でサービスを提供していることから、アップデート時の検証にかけるコストもメインブランドのソフトバンクより少ないと推測できる。それゆえ中身がAndroid標準に近く、OSをアップデートしやすいAndroid Oneは、今後低価格スマートフォンの充実を図るうえで、メリットが大きかったと言える。

ショップ店頭でのサポートが容易に

 もう1つの理由はサポートにある。Androidを採用したスマートフォンメーカーは、他社と差異化を図るためにハードウエアだけでなく、インターフェースやアプリに独自のものを採用することが多い。だがそうしたカスタマイズを施してしまうと、Android標準のインターフェースとかけ離れてしまうため、ショップ店頭でのサポートの際にオペレーションが複雑となり、スタッフへの負担が増えることとなる。

 だがAndroid One端末であれば、インターフェースはAndroid標準で、プリインストールのアプリも基本的にはグーグル製のものに限られるなど、統一化が図られている。それゆえ店頭での操作説明やサポートなども共通化でき、スタッフの負担を減らせるのだ。

 実際ワイモバイルは2017年1月18日の発表会において、新たにグーグルが提供する「Android Ambassador」を採用することを発表。これは、Androidやグーグル製のアプリに関する知識を身に着けるためのプログラムで、ワイモバイルではショップスタッフに対してこのプログラムを活用した教育を進め、Android Oneスマートフォンのサポートを強化する方針を見せている(写真3)。

写真3●ワイモバイルはグーグルが提供する「Android Ambassador」を採用してショップスタッフ教育を進めるなど、Android Oneのサポートも強化する方針だ。写真は1月18日の「Y!mobile 2017 spring」より(筆者撮影)
写真3●ワイモバイルはグーグルが提供する「Android Ambassador」を採用してショップスタッフ教育を進めるなど、Android Oneのサポートも強化する方針だ。写真は1月18日の「Y!mobile 2017 spring」より(筆者撮影)
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課題はメーカーの確保

 ワイモバイルは、Nexusシリーズの実質的な後継モデルであるPixelシリーズが日本で未発売なことに加え、Android One端末の販売自体好調なこともあり、今後Android Oneの販売を一層強化していくと見られる。

 確かに、Android One端末に販売を絞ればワイモバイル側のメリットは大きい。だが一方でメーカー側にとって、Android Oneの条件を満たすために独自機能の搭載などがしづらくなるなどのデメリットもあり、採用に関して必ずしも前向きというわけではない。

 実際、Android Oneはワンセグや赤外線といったフィーチャーフォンで馴染みのある機能対応が進められているものの、FeliCa、ひいてはおサイフケータイの実装はまだ実現していない(写真4)。

写真4●Android Oneは赤外線だけでなく、507SHでワンセグの実装も実現しているが、おサイフケータイへの対応はまだ実現していない。写真は2016年7月5日の「Y!mobile 2016 Summer」より(筆者撮影)
写真4●Android Oneは赤外線だけでなく、507SHでワンセグの実装も実現しているが、おサイフケータイへの対応はまだ実現していない。写真は2016年7月5日の「Y!mobile 2016 Summer」より(筆者撮影)
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 グーグルはAndroid Oneを新興国だけでなく、日本のように先進国へも広げたい考えを持っているようだが、そうした地域で採用メーカーを広げていくためには、OSのアップデートというメリットはしっかり担保しながらも、メーカーの独自性をある程度打ち出せる余地を作り出す必要があるかもしれない。

佐野 正弘(さの まさひろ)
フリーライター
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。