知的作業に従事するオフィスワーカの生産性向上が注目を集める昨今,オフィスワーカを対象としたライフログ研究が盛んである.一方,オフィスワーカの業務状況とストレスの関係もまた,社会的に注目を集めている.ストレスは生産性に高い影響を与えると考えられるにもかかわらず,業務を中断させずにストレスを評価することはこれまで困難だった.本研究では,ストレス量を示す既知指標である被験者の生理量(唾液アミラーゼ分泌量)を目的変数,PC操作ログの特徴量を説明変数として重回帰分析を実施し,ストレス量とPC操作の関係を明らかにする手法を提案する.被験者10人延べ300時間の実業務を対象に実験を行った結果,重相関係数が0.6を上回る被験者が67%となり,ストレス量とPC操作ログ特徴量に関係があることが明らかになった.また被験者ごとに,ストレス量に関係の深いPC操作や,PC操作がストレス量に反映されやすい時間範囲があることが分かった.これより,オフィスワーカに負担をかけることなくPC操作ログからストレス量を推測するサービスを実現する見通しを得た.

1.はじめに

1.1 研究の背景と目的

 知的作業に従事するオフィスワーカの生産性向上が大きな注目を集める昨今,オフィスワーカを対象としたライフログと位置づけられる研究が盛んであり,生産性向上や業務環境向上への貢献を目的とするオフィス向けシステムが多く提案されている.筆者らも従来より,オフィスワーカを対象にPCの操作ログを分析することで業務状況をモニタリングする技術研究に取り組んでいる[1],[2],[3],[4].またこの一部は「PC業務効率分析システム BM1」としてサービス化済みである[5].

 一方,業務現場においては,業務状況と,オフィスワーカが受けるストレスの関係が注目を集めている.たとえば80時間以上の時間外労働をしていると過労死の危険性が高くなるといわれ,メンタルヘルス障害の原因ともされている[6].また,過重労働のほか,職場の上司や同僚との人間関係,仕事や人事の変化が原因となることも多いといわれる[7].メンタルヘルス障害が生じることで,オフィスワーカ個々の側にとっての健康や社会生活上での負担は大きく,現在深刻な社会問題となっている.また雇用者側にとっても,オフィスワーカのメンタル状況悪化による企業の生産効率低下は,経営上の大きな問題となる.これより,オフィスワーカ本人にとっても雇用者やまた,マネージャ層にとっても,オフィスワーカのメンタル状況の変化に対する早めの「気付き」が求められる.このように,オフィスワーカがいかにメンタル上の健康を保ちつつ,生産効率をキープするかが大きな課題となっている.

 そこで筆者らは,PCの操作ログを用いてオフィスワーカのストレスを自動的に推測するサービスに向けた研究に着手することとした.

 オフィスワーカを始めとした労働者に職業上生じるストレスと,その結果として発現し得る反応の関係は,「NIOSHによる職業性ストレスモデル」がよく知られる[8].このモデルと本研究の位置づけを図1に示す.なお本図は筆者による日本語訳であり,右下の破線部が本研究を示す.このモデルによれば,ある時点で携わっている仕事上の負荷などといった仕事上のストレス要因や,そのほかさまざまな要因の複合的な結果としてストレスが生じ,急性ストレス反応として生理的反応が発生する.本研究では,これらの複合的な要因の結果としてオフィスワーカに生じるストレスを対象とする.生理的反応としては,第3章に詳述する唾液アミラーゼ量を用いる.

図1●NIOSHによる職業性ストレスモデルと,本研究の位置づけ
図1●NIOSHによる職業性ストレスモデルと,本研究の位置づけ
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