業務システム開発者が,業務システムを構築するとき,そのシステムの利用者たちの要求を分析しなければならない.AsIs-ToBe分析に基づく要求分析は,AsIs分析を行い,次にToBe分析を行う.AsIs分析では,開発者は現在の状態をSystemas-isモデルに表し,利用者たちと合意する.合意したSystem-as-isモデルを用い,開発者や利用者たちは,解決すべき課題を導き出す.合意したSystem-as-isモデルが適切に現在の状態を示さなければ,開発者たちは誤った要求分析を行うことになる.この問題を解決するため,本稿は,現在までの歴史も含めて分析し,より的確に現在の状態を導き出すAsWas-AsIs分析法を提案する.我々は,提案手法を事例に適用し有効性を検証するとともに,本手法の展望について考察を行った.

1.はじめに

 業務システム開発者(以下,開発者)が業務システムを構築するとき,そのシステムの利用者たち(以下,利用者たち)の要求を分析しなければならない.要求の分析を行うためには,利用者たちの現在の状況と彼らが目指す将来の状況を明らかにする必要がある.利用者たちの現在の状況と彼らが目指す将来の状況を明らかにするための分析は,AsIs-ToBe分析と呼ばれている[1].AsIs-ToBe分析は,AsIs分析を行い,次にToBe分析を行う.

 AsIs分析では現在の状況を明らかにするために,開発者は以下のことを行う.初めに利用者たちを識別する.次に,現在の利用者たちの関係や業務内容などを明らかにするために,ヒアリング,参与観察やアンケートなどの質的調査を行う.明らかになった現在の利用者たちの関係や業務内容などを,System-as-isモデルに表す.表したSystem-asisモデルを,開発者は利用者たちとレビューし合意を得る.開発者と利用者たちは,合意されたSystem-as-isモデルを用いて問題を議論し,解決すべき課題を導き出す.

 我々は,このAsIs分析で,開発者と利用者たちが誤りなどを含む不十分なSystem-as-isモデルでレビューし合意した場合,解決すべき課題の議論が誤って行われる点に着目し,その原因を考察した.考察した結果,AsIs分析では,過去から現在までの歴史を扱っていないことを発見した.すなわち,AsIs分析では,過去から現在までの歴史を扱っておらず,解決すべき課題の議論が誤って行われている場合があると,我々は考えた.

 一例として,過去から現在までの歴史が,AsIs分析にどのように影響を与えるかを検討してみた.観察者(開発者)と,その友人Aさん(利用者)がいる.Aさんは,空腹の状態を与えられている(AsIs).さらに,Aさんが10万円の資金を所有している状態であれば,5万円のコース料理を食べるのに十分な資金を有していると開発者は分析し,外食を提案するだろう.しかしAさんはこの前々日に1億円所有していたが,前日に10万円に資金を減らした歴史があれば,Aさんは提案を受け入れないだろう.反対に,前々日まで1円も所有していなかったが,前日に宝くじで10万円を当てた歴史があれば,Aさんはもっと豪華な食事の提案を期待するかもしれない.

 この例で示したように,AsIs分析で解決すべき課題を明らかにするためには,現在の状態を明らかにするだけではなく,現在までの歴史も理解する必要がある.ドイツ宰相であったオットー・フォン・ビスマルクは「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」と語っている.本稿で提案するAsWas-AsIs分析法は,AsIs分析を拡張したものである.すなわち,現在までの歴史に関する情報を入手し,その情報を用いて現在の状態をより明らかにする手法を,AsWas-AsIs分析法と定義する.この手法の有効性を示すために事例を用いてAsIs分析の結果,AsWas-AsIs分析の結果を比較した.