ユーザエクスペリエンス(UX),ヒューマンセンタードデザイン(HCD:人間中心設計),デザイン思考など広義のデザインが,ビジネスのさまざまな場面で活用されてきている.ICTを活用したシステムやソリューション開発の分野においてデザインは,上流フェーズで顧客のニーズを捉え,設計・開発フェーズで使いやすさを向上させ,製品販売後フェーズで保守や修理のしやすさを向上させるために有効といわれている.しかしながら,製品の企画や開発を行う現場でのデザイン活用はあまり進んでいない.本稿では,NECの製品の顧客価値を高めるために我々が実施した,デザイン推進のための組織マネジメントについて述べる.HCDの効果分析とベストプラクティス作成によって,デザインがどういう課題を解決しどんな活動を行って効果を上げるかを示し,社内の認識を向上させた.また,人材育成,プロセスの整備や,全社のデザイン推進・実践体制を構築することで,社内のさまざまな部門やプロジェクトで組織的にデザインを活用してもらうことを実現した.
1.はじめに
近年,ICTを活用したシステムやソリューション開発の分野において,ユーザエクスペリエンス(UX),ヒューマンセンタードデザイン(HCD:人間中心設計),デザイン思考などのデザインに関係する取り組みの重要性が増している.システムやサービスの経験価値を高めるユーザエクスペリエンスデザイン(UXD),UXを向上させるプロセスや手法のHCD,新しいアイディアを創出しイノベーションを起こすためのデザイン思考などの考え方は,色や形を決める狭義のデザインに対して,広義のデザインともいわれる.このような広義のデザインが着目されているのは,上流フェーズで顧客のニーズを捉え,設計・開発フェーズで使いやすさを向上させ,製品販売後フェーズで保守や修理のしやすさを向上させるという,ビジネスのさまざまな場面で,デザインの力が有効なためである.我々は,顧客のニーズを捉えた,イノベーティブで使いやすいシステムやソリューションの企画開発のために,デザインの全社推進活動を2011年から実施している.本稿では,推進活動を始めるにあたって,我々が直面した課題について述べ,その課題を解決するためにとった施策と結果について述べる.
1.1 デザイン推進の課題
(1)“認識”の課題
- 何に使えるのか共通認識がとれない
- 開発者が自身の業務に関連づけられない
デザインが広義の意味を持ち,その適用範囲が,戦略,企画,開発というさまざまな領域におよんでいるがゆえに,当初は,デザインが何に使えるのか,どんな課題をどう解決するのかについて,社内の共通認識がとれなかった.そのため推進活動の方針を定めるためには,デザインが解決できる課題の中で,社内で取り組むべき優先度を明確化する必要があった.
また,実務レベルでは,デザインに具体的に何ができるかが理解されていないという問題があった.たとえば,企画者が自身の商品企画やコンセプト提案業務に,デザイン思考やUXDをどう関連づけるのか,開発者が設計や開発業務にHCDプロセスをどう関連づければよいのかが理解されていなかった.既存の企画・開発プロセスに新しい活動を取り入れてもらうためには,デザインに関する具体的な活動内容を示すとともに,期間,費用を明示し,また効果を示すことが必要であった.
(2)“実践”の課題
- 個々のプロジェクト実施だけでは根付かない
- 数多い製品への適用が必要である
いくつかの製品やプロジェクトでデザインを活用した事例ができても,それが特定の理解者による実践だった場合は,組織としての広がりが得られず,特定のグループだけが実践していたり,人の異動に伴って活動がなくなってしまったりするという問題があった.また,NECの製品数,プロジェクト数は非常に多いため,事業部門の特定の理解者やUXDやHCDの専門家による実践だけでは,製品すべてのデザイン向上を担うことは実質不可能という問題もあった.
2.デザイン推進の施策
第1章で挙げた課題を解決するためにとった施策について述べる.
2.1 ”認識”の課題を解決するための施策
2.1.1 社内で取り組むべき項目の優先度づけ
デザインが解決できる課題の中で,社内で取り組むべき優先度を決めるために,社内アンケートと商談レポートの分析を実施した.その結果,NECの企画,開発,営業などの現場においては,次のようなデザインに関連する課題の重要度が高いことが分かった.
<企画・提案に関する品質>
- 他社との差異化となる特徴の創出
- 新規サービスアイディア創出
- ユーザニーズの把握
<操作性の品質>
- 商品やサービスの操作性の向上
<開発効率>
- 使い勝手,操作感,見栄えなどユーザの曖昧な要求を捉えられないことに起因した工数超過
- お客様からイメージが違うと言われ後戻り発生
<受注>
- 使いやすさ・操作性が受注に影響