UXという概念は,ユーザビリティという概念のスコープを拡大することを目的として提唱された.そもそもユーザビリティ活動は使いやすさの評価研究にその出発点があったが,それがユーザビリティという形で概念化されたのは1990年代になってからである.その概念化のなかでもISO 9241-11によるものは影響力が大きかった.ISO規格でユーザビリティを扱ったものにはTC 159系のものとJTC 1系のものがあったが,後者では製品品質と利用品質を区別しており,ユーザビリティは前者に含まれていた.この概念化が筆者には適切と思われ,かつ特に利用品質の概念がUXにも拡張可能と考えられた.UXについては,概念整理ができていなかったが,UX白書によってそのポイントが整理され,UXの特徴としては,客観的品質特性と主観的品質特性を含むこと,時間軸において購入の前後にわたる長期的なものであることが明らかにされ,UXグラフなどの評価手法につながった.

1.はじめに

 ユーザ経験とかユーザ体験と訳されるUX(user experience)の概念は,1998年にNorman[1]によって提唱された.ただしその提案の意図は,それまで関係者の焦点となっていたユーザビリティという概念ではユーザに対する製品(人工物)の意味を考えるには狭すぎるという比較的素朴なものであった.そのため概念としての明確な定義を欠いており,その後,いくつもの解釈が提案されるようになってしまい,現在に至っている.All About UXというサイト[2]には,27もの異なる定義がリストアップされている.ようやく2010年になってISO 9241-210[3]で国際規格における定義が与えられたが,その影響力はさほど大きくはない.

 筆者自身,当初はユーザビリティ研究からユーザ工学[4]という研究領域を立ち上げ,その後UXにも対応するようになったが,その概念整理には苦労させられた.現在,ユーザビリティやUXと品質特性に関連した概念枠を提示するに至ったが,その普及活動はこれからである.

 本稿では,そうした筆者におけるユーザビリティ概念の整理とUXに関連した品質特性の整理を,1つの概念整理のプラクティスと捉え,経年的にまとめることでこのテーマに関する解説論文としたい.

2.ユーザビリティという概念

 UXという概念は,ユーザビリティへの批判から生まれた.したがって,まずはユーザビリティという概念についてその経緯を回顧しておく必要があるだろう.

 筆者がインタフェース評価の研究に入るようになったのは1970年代後半のことだったが,それは画質評価やキーボード入力速度の評価といったもので,まだユーザビリティ評価とはいえなかった.ユーザビリティの評価をするようになったのは,1980年代後半あたりのことで,エディタの使いやすさ評価とか,リモコン操作の評価といったことをやっていた.ただ,ユーザビリティとしての概念化は不十分で,単純に操作時間を測定したり,エラーの分析をしたりしていた.

 1991年には,Shackel[5]がユーザビリティを含めた概念構造を提示していたが,当時はまだそのことは知らなかった.1993年にNielsen[6]がユーザビリティに関する概論を出版したとき,それを読みながら,たしかにこうした整理は必要だな,と感じたが,主たる関心は彼が提唱したヒューリスティック評価という評価法の方に向いていた.ただし,彼がユーザビリティをユーティリティと並置している点には興味を持ち,ユーザビリティがマイナスをなくしてゼロにすることを目指すのに対し,ユーティリティはゼロレベルから出発してプラス方向に豊かにしていくものだということを考え,世間がユーティリティに注目し,ユーザビリティがないがしろにされやすい理由を自分なりに納得した.

 ユーザビリティの概念定義に関心を持つようになったのは,ISO TC 159/SC 4/WG 6の日本におけるミラーグループの主査となり,1999年に制定されたISO 13407[7]のJIS化の作業に携わるようになったときのことだ.この規格ではユーザビリティの定義としてISO 9241-11[8]のものが引用されていて,その関係でISO 9241-11の定義を詳しく読むことになった.驚いたのは,その定義がNielsenのものとは大きく違っていたことだった.Nielsenは,ユーザビリティを,学習のしやすさ,効率の高さ,記憶のしやすさ,エラーを起こさないこと,満足できることと定義していたが,ISO 9241-11では,その下位概念を有効さと効率と満足度に整理していた.両者では効率と満足度は共通していたが,この違いを知ってからは,絶対的な定義などは存在しないのだから,自分でもっと考えてみようと思うようになった.

 その後,ISO 9241-11の定義がほかの規格でも引用され,また世界中で参照されるようになったので,自分なりに有効さと効率について考えて,図1のようなものを描いてみた.

図1●ISO 9241-11 にもとづく有効さと効率
図1●ISO 9241-11 にもとづく有効さと効率
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 図1には満足感が含まれていないが,満足感についてはユーザビリティの下位属性としておくことに疑問があったためである.筆者の考えでは,満足感はユーザビリティに含まれるものではなく,もっと大きく信頼性や審美性などによっても影響されるものであり,いわばすべての品質特性に対する従属変数に相当するものであった.この点について,2001年にISO 13407のエディタだったTom Stewartを訪ねたときに意見を求めたところ,下位概念の間に従属関係があってまずいのかと逆に問い返され,考え方の違いを感じさせられた.