作業現場における生産性改善施策の検討が多く行われている.しかしながら,効果が定性的であり納得感が得にくいため,継続的に実施されない点が課題であった.本稿では,改善施策の1つである管理者見回りの効果をウェアラブルセンサを用いて定量化した.物流倉庫において,管理者と作業者にビジネス顕微鏡を装着してもらい,取り扱い品物数を生産性指標として,見回り施策前後における変化を計測したところ,生産性が10.0%向上することを確認した.さらに,その生産性の高い状態が60分間維持されることを確認した.これに基づき,1時間に1度管理者が見回る施策を実施したところ,作業全体の生産性が11.6%向上したことを確認した.

1.はじめに

 近年,労働人口が減少し,作業現場では慢性的な人不足[1] に陥っている.現場では,少ない作業員で運営していくことが求められ,より一層の生産性向上が求められている.労働人口減少の影響を受けやすい現場の1つとして軽作業現場がある.従来から軽作業現場では,人海戦術[2] によって,生産性を確保してきた.しかし,作業現場では,現場主導での改善活動が日々行われており,生産性向上を怠ってきたわけではない.このような改善活動はQC活動[3] と呼ばれ,現場における作業者自ら生産性向上や品質不良撲滅等,現場を改善する文化の醸成に役立っている.

 現場主導の多くの改善施策の1つに管理者の見回り[4] ,[5] がある.管理者が作業現場を見回ることで,作業者の意識向上を狙っている.この施策は昔から多くの現場にて実施されており,事前準備が不要で,手軽に実施できるのが特徴である.しかし,どのくらいの効果があるかは不明であるため,効果に関する納得感が得にくく,継続的に実施されないのが現状である.

 見回り施策は,監視と捉えられる傾向にあるが,見守りの要素もあると考えられる.作業者は不明なことがあった場合,管理者に尋ねやすくなるため,すぐに戸惑いを解消し,作業を再開することができる.また,現場ならではの視野が養われるために,新しい改善の手かがりを発見しやすくなるため,生産性向上に向けた改善が生まれやすい.

 本研究の目的は,施策の納得感を高めるために,施策実施の効果をウェアラブルセンサを用いて定量化を行うことである.具体的には,軽作業現場における見回り施策実施による,作業生産性の影響を定量化することである.今回対象とした軽作業は物流倉庫の検品・梱包作業である.生産性指標は取り扱い品物数とした.分析に用いたデータは,管理者と作業者が通常通りに業務を行っている間のビジネス顕微鏡[6] のセンサデータである.現場で実施した2回の実験(仮説実験,検証実験)から,見回り前後における作業者の生産性変化を確認し,実証実験での生産性が10.0%向上することを確認した.さらに,見回り後の継続効果に関して調査も行った.その結果,生産性向上が60分間継続することを確認し,1時間に1度管理者が見回りすることで,作業全体の生産性が11.6%向上することを確認した.この結果を現場の方々に伝えたところ施策の有効性が認められ,今までは単発での実施であったところを通常の業務フローとして採用されるに至った.

 本稿の構成として,第2章では軽作業での生産性向上分析の現状,第3章では軽作業現場での現状分析,第4章では管理者見回りによる軽作業生産性向上分析,第5章では管理者見回り施策の検証実験,第6章では考察および生産性向上の効果継続分析結果,第7章では本施策を導く過程での試行錯誤のナレッジをまとめたビッグデータを活用するコツについて報告する.

2.軽作業における生産性向上

2.1 軽作業の定義

 軽作業は体力をあまり必要としない比較的軽めの肉体労働と定義される.軽作業の特徴は,「性別に関係なく可能な業務」,「比較的体力を使わないでできる作業」,「複雑な工程を含まない単調な作業」である.これらは,多くの工場や倉庫内で行われている作業であり,商品管理,ピッキング,検品,梱包,仕分けなどが該当する.

2.2 軽作業の生産性に関する従来研究

 軽作業の生産性向上を目的とした研究[7] ,[8] ,[9] はITシステムとの連携を強化する内容が多く,ピッキング順序の最適化[7] ,[8] ,品物配置の最適化[9] などがある.従来,オーダ順に配置していたものを,業務ログ情報や商品格納情報を用いて最適化をすることで,作業の生産性向上を目指している.しかし,これらの報告では,現場作業での作業員に関する内容には踏み込んでおらず,作業自体の効率は作業員のスキル依存になっている.また,作業者の見回りに関する研究として,作業全体ではなく,部分的な見回りの方が生産性を高めるとの報告[10] がある.

2.3 ウェアラブルセンサによる行動計測

 定量的に軽作業を評価するためにウェアラブルセンサを用いた.近年,業務にウェアラブルセンサを取り入れて生産性を高める研究[11] ,[12] が行われている.(株)日立製作所では2005年に名札型センサ端末を用いたビジネス顕微鏡[6] システムを開発した.これはセンサ技術を用いて企業内のコミュニケーションや活動状況を測定・解析するための計測システムである.

 ユーザは名札型センサ端末(図1)を装着した状態で通常の業務を行う.センサ端末で取得されるセンサデータは加速度,赤外線,温度である.加速度センサではユーザの体の動きを3軸加速度で計測し,また,赤外線センサではユーザ同士が一定の距離内に近づくと,お互いのセンサ端末が通信して対面したことを検知する.さらに,これらのセンサ端末は100ミリ秒以内で時刻同期しているため複数センサデータの組合せによる分析が可能である.さらに,対面中の体の動き等も計測することができる.

図1●ビジネス顕微鏡の名札型センサ端末
図1●ビジネス顕微鏡の名札型センサ端末
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 これら取得した行動データを用いてコミュニケーションと知識創造の関係[13] ,[14] やコミュニケーションと生産性の関係[15] ,心理学における人の没頭(フロー状態)と行動の関係[16] やハピネスと行動の関係[17] ,[18] などが明らかになっている.