我々は全国の国立大学法人の連合農学研究科を結ぶシステムとして,HD(High-Definition)の遠隔講義システムを構築し,2009年から運用を開始した.本システムはネットワークを用いて遠隔制御を行うことで自動化を行い,あらかじめ予約をするだけで全国の大学を結んで遠隔講義が可能である.これまで遠隔講義やテレビ会議を利用してこなかった方々にも利用が進んでおり,すでに運用は5年を経過している.本論文ではシステムの自動化にあたって考慮した点や実際の構築について述べるだけでなく,複数組織にまたがったシステムの構築,運用を行う中で得たさまざまな知見について述べる.今後は機器だけでなくネットワークに関してもマニュアル等に載っていないノウハウなどの情報を含めて集積し,運用をよりスムーズにしていく必要がある.

1.はじめに

 近年大学間や地域間連携の流れが進み,複数の教育施設を結んで遠隔講義が行われてきている.東京農工大学(以下,本学と記す)でも遠隔講義を行っており,農学系の大学院である連合農学研究科が設置されているすべての国立大学法人18校を結び遠隔で集中講義を行っている.以前はSCS (Space Collaboration System) [1] を利用していたが,SCSは衛星通信を利用するため,天候に左右されて通信が安定しないことがあった.また導入から10年以上が経過しており,機器が故障するなど遠隔講義を続けていくことが難しい状況になっていた.一方で情報通信のためのネットワークの広帯域化が進み,このネットワークを利用して映像や音声を配信することで遠隔講義を行うことも可能となった.またSCSでは従来のアナログテレビ程度の品質の画質や音声(画像:H.261,音声:G.722)であったため,資料等をより鮮明に提示しながら講義を行いたいという意見が寄せられていた.従来のアナログテレビ品質は,PCでよく利用されているXGAの解像度よりも低く,PCの画面をそのままの品質で送ることができないものであった.そこで我々は,多地点をHigh-Definition(以後HDと記す)品質の高精細映像で結ぶ遠隔講義システム(以下,本システムと記す)を導入することとし,設計,構築を行い2009年から運用を開始した.SCSに代わる新しいシステムを目指し設計を開始したが,構築途中でSCSの運用停止が発表され,結果的に本システムが遠隔講義を続けていく上で必須のものとなった.現時点で設計時に運用期間の目安としていた5年を超えて運用を続けている.本論文では全国規模での高精細多地点遠隔講義システムの設計・構築と,この5年間の運用と得られた知見について述べる.