プログラミング教育を,実用的なプログラムを書くためのスキル教育だけでなく,情報化社会を生き抜く上で広く全員が知るべき教養的な位置づけで捉える.筆者は,ビジュアルプログラミング言語ビスケットを使って「コンピュータとは何か」を一般人(小学生から大人まで)に伝える活動(授業,ワークショップ,イベント)を行っている.その内容を紹介する.

1.はじめに

 子どもへのプログラミング教育が社会的にブームになっており,実際にいくつかの国が義務教育の中にプログラミングを本格的に導入し始めた.我が国においても,民間レベルでの子ども向けプログラミング教室が盛んに行われ,国レベルでも少しずつであるが進展している.筆者も,ビスケットという子ども向けプログラミング言語[1] ,[2] を2003年に開発し,それを小中学校,科学館,児童館,イベントなどで子どもたちにプログラミングを教える活動をしている[3] ,[4] .

 筆者らの活動の目的は,子どもたちにプログラミングのスキルを身につけさせたいのではなく,「コンピュータとは何か」ということに関する直感を持ってほしいということにある.昨今のプログラミング教育ブームでは,役に立つアプリを作れる能力を早い時期から身につけさせるということが主なる目的であることと対照的である.

 コンピュータやインターネットが広く普及し,もはやコンピュータと無関係に生活することは不可能である.プログラミングの仕事に就くか就かないかにかかわらず,コンピュータとは何かという,基本原理の理解がブラックボックスのままで良いわけはない.現代に生きるすべての人が知るべきと考える.

 しかし,しばしば「コンピュータとは何か」という問いに対して,コンピュータの上で動いている「あるソフトウェア」の性質をもって,それをコンピュータだと誤解してしまう人がいる.たとえば「コンピュータは便利だけれども融通は利かない」というのは,コンピュータそのものの性質ではなく,単にそこで動いているソフトウェアがそういう性質だというだけである.技術者や研究者はこのような間違いはしないが,多くの一般人がこういった基本的な点から誤解している.

 一方で,コンピュータの技術者・研究者たちは「コンピュータとは何か」という説明を一般の人向けにほとんどしてこなかったのではないだろうか.自分たちにとっては当たり前すぎることであるが,その中身に接していない人たちに対して,丁寧な説明が必要であろう.

 そのため,筆者らの活動の基本的なパターンは,ビスケットによるプログラミングの体験だけでなく,体験の最後に「コンピュータとは何か」ということを解説する簡単な講義とセットになっている.講義は体験した子どもだけでなく,見学している保護者の方々も意識している.

 本稿はそのような活動を通じて,参加者に伝えてきた「コンピュータとは何か」という筆者なりの解説を述べたものである.直接言葉で説明するだけでなく,純粋な体験の中から言葉を使わずに伝えている部分もある.体系的な評価は行ってはいないが,参加者・保護者の反応やアンケートなどを見ると,より高くプログラミング教育への重要性が理解され,その試みは成功しているようである.