情報技術(IT)は現代社会に欠かせないインフラストラクチャとなっています.中でも医療とITとのかかわりは情報の歴史の黎明期から模索されてきました.我が国の医療情報を牽引して来られた,招待論文「医療センシングと『情報薬』の実践-情報爆発を解決し,労働生産性を向上しよう-」の著者中島直樹氏,特集号のゲスト・エディタ山本隆一氏のお2人に,医療情報センシングに造詣の深いゲスト・エディタ井上創造氏を加え,医療と情報に関し,医療情報システムの成り立ちから我が国の医療制度との関連,海外における実践,望まれる人材,次の医療システムへのビジョンまで幅広く語っていただきました.

山本隆一氏
1952年大阪生まれ.内科医,病理医を経て東京大学大学院情報学環准教授.専攻は医療情報学.
中島直樹氏
1962年福岡生まれ.九州大学病院メディカルインフォメーションセンター准教授.専攻は医療情報学,糖尿病学.
井上創造氏
九州大学システム情報・博(工).同大助教,准教授の後,九州工業大学准教授.ユビキタス・ヘルスケア応用に興味.

■ 医療とITは相性がいい!

中野 まずは医療とITが非常に相性がいいということを申し上げてからお話をお伺いしたいと思います.1950年代に計算機が市場に登場してからITの歴史は高々70 年程度ですが,70年代にはルールベースで医療情報に関する支援の研究が行われたり,ニューロンのシミュレーションの研究が行われています.一方医療のほうでも,MRI等の医療機器の発展に伴い,画像解析や,検査情報の通信等の利用が考えられてきたかと思います.個々の医療支援に加え,データベース技術が進展すると同時に,山本先生が現在ご尽力されている医療全体の管理にもITが使われるようになりました.ですから,医療と情報の関係は,医療への支援と医療現場の管理の支援の2 本柱で進んできたと思います.

 本日は,先生方にまずは今までのご経験とITの関係を,その後,現在のお仕事の話,そして将来のITと医療における課題を伺いたいと思います.まず,今回のゲストエディタで特集号を監修いただいている山本先生からお願いします.

山本隆一氏
山本隆一氏
1952 年大阪生まれ.内科 医,病理医を経て東京大学 大学院情報学環准教授.専 攻は医療情報学.
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山本 私はもともと内科医で,患者さんを診るのが大好きだったんですけど,数年やっていると,私は死ぬまでに何人の患者さんを診られるのだろうと考え始めました.年間数百人で,50年やったところで大した数じゃないよねと.そこに,当時自分の専門分野で急速に放射線や病理における形態診断の需要が高くなり,病理に行ったんですね.病理医が相手にするのは,患者さんではなく臨床医です.1人の病理医が数十人の臨床医を相手にして,その先には患者さんがいて,患者さんの体の一部や喀たんの一部を診断して進めていきます.つまり,患者さんからは一歩後ろへ下がるけれども数が数十倍に増えるなと思ったんですね.