在宅療養患者が医師の処方通りに服薬できないことは多くの国が抱える社会問題であるが,服薬不良を医師が把握し,訪問薬剤指導などを指示することによって大幅に改善できる可能性がある.我が国では在宅療養患者の80% 程度が介護保険対象者であり,介護チームのケアマネージャが患者の療養生活支援を計画提案している.そこで本研究ではセンサ付き薬箱システムを用いた客観的服薬状況データと,医師およびケアマネージャへのアンケートによって“どうして医師が在宅療養患者の服薬不良を把握できないのか” の解明を図った.その結果,ケアマネージャは通常,患者や家族へのヒアリングによって服薬状況を把握しているため,服薬時刻など医師が重要視している項目に関するデータに基づいた判断をしていなかったことが明らかになった.センサ付き薬箱システムのような細粒度に服薬情報を提供できる仕組みを導入することで,服薬良好と判断されていた患者の中に隠れ服薬不良を一定量(今回の調査では約20%)発見できた.さらに医師とケアマネージャで服薬不良と判断する基準には乖離があり,医師が服薬不良を把握できない大きな要因(今回の調査では服薬良好と判断された患者の約46%)となっていることを明らかにした.

1.はじめに

 在宅療養患者が医師の処方通りに服薬できないこと(服薬不良)は,国内・海外を問わず大きな社会問題となっている. 世界保健機関(WHO) は,米国では高血圧患者の51%程度,HIV, AIDS 患者でも37~84%しか処方された服薬や処置を正しく実施していないことなどを問題としている[1].米国の服薬状況を継続的に調査しているNew England Healthcare Instituteによれば,2009年の服薬不良(服薬忘れ,服薬誤り)による損失は2,900億ドルであり,服薬状況を改善するには医療者と介護者のチームワークと,客観的評価が重要であると報告している[2].我が国では大野および長谷川らによる調査で,50 ~ 70%を超える在宅療養患者が薬を飲み忘れた経験を持つと報告されている[3],[4].

 日本薬剤師会は,飲み残されている薬剤による潜在的な損失を475 億円/年と試算しているが,患者本人や患者と接する機会が多い介護者に訪問薬剤指導などを行うことによって,服薬不良の9 割程度が改善されることを報告している[5].同調査研究では,訪問薬剤指導のきっかけも調査し,8割は処方医からの依頼によるもので,薬剤師自ら訪問を判断した割合は5%程度としている.我が国の介護保険を利用した在宅療養では,患者の自己管理能力に応じたサービスを計画提案する専門家であるケアマネージャが割り当てられるが,ケアマネージャからの情報提供があまりないことも指摘されている.

 このように在宅療養患者の服薬不良は,顕在する大きな問題であるものの,服薬不良を医師が把握し,訪問薬剤指導などを指示することによって大幅に改善できる可能性がある.つまり,“いかに在宅療養患者の服薬不良を医師が把握するのか”が問題解決の1 つの鍵と考えられる.逆にいえば,“どうして医師が在宅療養患者の服薬不良を把握できないのか”を明らかにできれば問題解決の糸口になるはずである.

図1●在宅療養患者と関係者の関連図
図1●在宅療養患者と関係者の関連図
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 在宅療養患者を支援する関係者は医師や看護師などの医療チームとケアマネージャやヘルパーなど介護チームから構成される(図1).医師は服薬不良と判断した場合,医療チームの専門家(薬剤師・看護師など)に訪問服薬指導や訪問看護などを指示する.一方,ケアマネージャは服薬不良と判断した場合,ケアプラン☆1の作成・見直しを行う.ケアプランには,ヘルパーなどへの患者の服薬行動の観察指示や,医師への医療チームの訪問の指示出し依頼,医療チームの他スタッフへの服薬介助の指示が含まれる.服薬不良に対して,対策を講じることができる立場にあるのは,医師とケアマネージャだけなのである.

☆1 介護サービスの利用計画のこと.患者自身が立案することもできるが介護チームではケアマネージャだけがケアプランを作成できる.