「多年にわたって情報システム部門に居続けている人が多い、もっと異動を」。経営陣あるいは人事部門からこう指摘されたら、どう答えたらよいだろうか。これは、「その仕事はその担当者でないと分からない」という「属人化」の問題に関わる。特効薬はない。「自分が責任者の間に手を付ける」と、腹をくくるか否かである。

 「情報システム部の“あの”課長を、できるだけ早く別の部署に異動させるように」─。これが歴代社長の申し送り事項になっていた大企業があった。大別すると金融業に分類され、その業界ではトップクラスの企業である。

 申し送りの対象になった課長は、ある重要な業務アプリケーションを担当していたが、「商売の都合上、処理をこう変えてほしい」と営業部門が出す変更依頼を「急に言われても無理です」と、しばしばはねつけた。堪忍袋の緒が切れた営業部門は営業担当役員を通じて経営会議に話を持ち込み、言い分を聞いた社長はシステム担当役員に「営業の言う通りにせよ」と指示した。しかし、役員が説得してもその課長は頑として主張を曲げなかった。

 こうしたことが繰り返され、経営会議では「彼を異動させる」という結論を出した。しかし、その業務アプリケーションの保守も運用も、その課長でないとできなくなっていた。設計ドキュメントも運用マニュアルも無く、全ては課長の頭の中にあったからだ。

「好きでこうなったのではない」

 「無理に異動させたら、業務が止まってしまい、ビジネスに多大な影響が出かねません」。システム担当役員からこう報告された社長は在任中にその課長を異動させられず、次期社長に懸案として申し送りをした。次期社長もまた異動に失敗し、さらに次の社長に申し送ったという。

 同業他社の間でその課長はちょっとした有名人であり、ライバル会社のシステム担当者が「頑張りますね」と声をかけたことがあった。課長は憤然としてこう言った。「私だって異動したい。後任を育てたいから部下を付けてくれと何度も頼んだが私に任せきりだった。好きでこうなったのではない」。