IT業界の古株の人と酒を飲むと、必ず「日本のIT業界はなぜこんなに情けなくなってしまったのか」という話になる。世界を席巻するような製品やサービスを生み出せず、受託開発などの“御用聞き”ビジネスに明け暮れている日本のITベンダーの現状を誰もが憂えているのだ。

 社会に出た頃には既に、日本のIT業界は今のような状態だった若い世代の人には、古参の業界人の嘆き、あるいは悲憤慷慨はあまり理解できないだろう。彼らがいつと比較して現状を憂えているのかと言えば、メインフレームの時代とである。先回りして言っておくと、古参の業界人の話には「思い出の美化」効果が含まれている。私から言わせれば、日本のITベンダーはメインフレーム時代から、大したことはなかったからだ。

 1980年代までのメインフレーム全盛の時代は「モノ売り」「ハコ売り」の時代だった。高額のメインフレームを売るだけで、ビジネスとしては十分だった。それこそ言葉は悪いが、業務アプリはタダ同然で作っても、利益を上げられた。当時、世界のIT業界の巨人は米IBM。富士通やNEC、日立製作所といった日本勢は、ひたすらIBMの背中を追っていた。

 IBMがどれほど巨人だったか。そもそも日本勢と比べると10倍ほどの売り上げ規模があった。さらに世界および日本のIT市場は基本的に、マーケティングの達人でもあったIBMが創り出し、日本勢はIBMのビジネスをマネているだけだった。富士通と日立のメインフレームはIBM互換機でもあった。そんなわけなので、日本のIT業界はメインフレームの時代から大したことはなかった。

IT部門も「昔はこうではなかった」

 問題はモノ売りの時代からソフトウエアの時代への移行に、日本のITベンダーがまるっきり対応できなかったことだ。ちなみに今に至るソフトウエアの時代は2期に分けられる。前半が製品としてのソフトウエア、つまりパッケージ製品が全盛の時期、後半がサービスとしてのソフトウエア、要はクラウドが勃興した時期である。