「杜氏は手抜きの天才」。日経コンピュータ2015年2月19日号の特集でインタビューした旭酒造の桜井博志社長はそう言い切った。伝統の日本酒造りを担う杜氏は、酒蔵とは独立した存在。酒蔵の経営者といえども、杜氏が指揮を執る現場に口を出すことはできない。旭酒造はそんな杜氏制度と決別した。その結果生まれたのが、国内外で高い評価を受ける純米大吟醸酒の「獺祭(だっさい)」である。

 「こんなことを言うから、私は業界を敵に回す」と桜井社長は苦笑いする。だが、桜井社長がここまで言い切れるのは、酒の全製造工程でデータを取得し分析し、杜氏の勘やノウハウを見える化した結果、最高品質の日本酒を生み出すことに成功したからだ。

 誤解しないようにしたいのは、桜井社長は杜氏が怠けていると言っているわけではないことだ。「腐造」と恐れられる、乳酸菌の混入で酒がすっぱくなる事態を引き起こせば、杜氏は二度と酒造りに携わることができない。杜氏の仕事はそんな厳しい世界。桜井社長が「手抜き」と言うのは、杜氏がプロらしく手堅く仕事をまとめようとすることなのだ。

 日本酒はワインと同様、年により品質にばらつきが生じる。仕込みの時期の気温などにどうしても影響を受けてしまう。杜氏は、条件が悪いならば悪いなりに手堅く酒の品質をまとめようとする。だが蔵元、つまり企業の経営者は、品質のばらつきを限りなくゼロにしたいと考える。桜井社長の言う「手抜き」とは、その感覚の差に他ならない。

 今、ビッグデータやAI(人工知能)が注目を集める理由の一つは、ここにある。杜氏のようなプロの仕事は、ITを活用することで素人でも担えるようになるかもしれない。それどころか、コンピュータが取って代わるかもしれない。さらに言えば、プロより良いものを生み出せる可能性もある。獺祭の成功は、それを証明したものと言える。