世界に冠たる日本のおもてなし。訪日外国人に「日本の人たちはなんて親切なんだ」などと褒められて上気している無邪気な日本人は多い。ビジネスパーソンの中にも「おもてなし精神が日本や日本企業の付加価値、競争力」とまともに信じて、その付加価値や競争力がどのようにして生じているかに思い至らない人が多い。ITベンダーで「お客様のために」と叫んでいる連中に多いタイプだが、もうアホである。

 「お・も・て・な・し」の東京オリンピック・パラリンピックが近づいていることもあって、世間では「一億総おもてなし」とでも言うべき同調圧力が高まっている。これが外国人に親切にするぐらいなら結構なことだが、ビジネスの世界でも相手に過剰なおもてなしを強要するのは話が違う。強要するのは客であり従業員の雇い主であり、強要されるのは企業の従業員である。この場合、客を「モンスターカスタマー」と呼び、雇い主を「ブラック企業」と呼ぶ。

 ビジネスの原則は価値の等価交換だ。従って、売り手の企業や従業員は、もらうカネに見合う以上の価値を提供する義務は無いし、それを強要するのは犯罪行為だ。ところが、なぜか日本では、売り手の企業の従業員は過剰な接客、手間のかかるサービスを要求され、長時間労働を強いられることになる。本来なら売り手の企業は客に抗議すべきだが、「おもてなし」とか「お客様のために」とか称し、逆にそれを従業員に強要する。

 商取引や雇用関係に、こうした“おもてなし強要構造”があるために「人材だけが財産」のサービス業(もちろん人月商売のITベンダーも含まれる)にブラック企業が多いし、つけ上がる客も多い。そりゃ、母国で賃金に見合う接客しか受けたことがない訪日外国人からすれば、信じられないくらい素晴らしいサービスとに映る。にもかかわらず「それが日本や日本企業の付加価値、競争力」と思うからアホなのである。

 しかも、おもてなしの強要、あるいはそう仕向けるマインドコントロールが、痛ましい過労自殺や過労死、そして鬱(うつ)病の発症などを生む。モンスターカスタマーのワガママに振り回され、長時間労働を強いられた挙句、「お客様を満足させるのがお前の仕事だ」と上司らに叱咤されていたら、誰でも疲弊する。おもてなしの強要がある限り不幸は続くし、働き方改革や労働生産性の向上は夢のまた夢だ。