少し前のことだが、米国の某ITベンダーのCEO(最高経営責任者)と会った時、そのCEOが「日本企業と長く付き合って、最近ようやく日本市場の特殊性の本質が分かってきたよ」と話し始めた。私は日本のユーザー企業のIT部門とITベンダーをひとくくりにして“ITムラ社会”と呼んでいる。そのITムラ社会について、米国ITベンダーのCEOは何を理解したのか。興味津々だった。

 私が身を乗り出したので、「おっ、食い付いてきたな」とでも思ったのであろう。そのCEOは嬉しそうに、日本市場の特殊性についての自身のインサイト(洞察)を披露し始めた。「非常に興味深いことに、日本のユーザー企業もSIer(彼はこの和製英語を知っていた!)も、担当者同士は対立を嫌がり、最初からハーモニーを求める。利害が対立するはずの契約交渉の場でもそうだから、これは驚くべきことだ」。

 そう、まさにハーモニーだ。それぞれの担当者は自社の利益よりも、担当者同士の調和、お互いに事を荒立てないことを優先する。BtoB(企業対企業)の取引では契約交渉は戦いのはずなのだが、なぜか戦おうとせず、「紛争が生じたときは、甲乙協議のうえ、誠意をもって、これを解決するものとする」などという、契約社会に生きる米国人などが見ると腰を抜かすような契約書を平気で作る。

 私は以前、ユーザー企業のIT部門とITベンダーは「客と業者」という相対する関係というよりも、むしろ同じマインドや価値観を共有する「身内同士」といったほうがよい、ということに気付いた(関連記事:世間知らずのベンダーとIT部門の大罪)。だから、IT部門とIT業界を一つのITムラ社会だと見なした。お互いに事を荒立てず調和を求める、というのはまさにムラ社会ゆえである。

 外国人のビジネスパーソンはよく、日本市場、あるいは日本企業の特殊性として、意思決定に時間が掛かるとか、非常識なほど高い品質を要求するとかいった点を指摘する。だが、このCEOのように、「客と業者」の担当者が調和を求め「身内同士」になりたがるというITムラ社会の特性まで見抜いた外国人は初めてだ。きっと彼が率いるITベンダーは、日本市場で今以上にガッポリと儲けられることだろう。