ある大手企業のIT部門の人が自虐的にこんな話をした。「私の仕事はIR(投資家向け広報)資料を作ることです」。私は最初、この人が何を言っているのか全く分からなかった。キョトンとしていると、この人が言葉を継いだ。「いや失礼。実は中期経営計画に盛り込むIT投資計画を策定しているのですが、今は事実上それしか仕事が無いのです」。

 私はようやく理解した。この企業のIT部門は他の多くの大企業のIT部門と同様、本社システム企画部とシステム子会社に分かれている。そしてやはり他社と同様、システム企画部は経営企画の機能の一つに位置付けられている。そんなわけで中計策定の時期には、今後数年間のIT投資計画を作ることが、システム企画部の重要な仕事になる。

 実は、この人はシステム子会社からの出向組だった。システム子会社ではバリバリの技術者だったため、現在の仕事に強い違和感を持っていた。そこで、中計は株主や投資家に対して経営戦略を示すものだから、自分の仕事を自虐的にIR資料の作成などと表現したわけだ。もちろん、それだけならこの人の個人的問題だ。だが、そうとも言い切れないところがある。

 多くの企業が従来のIT部門からシステム開発・運用部隊を切り離したのは、本社に残ったシステム企画部(企業によって「IT戦略室」など色々な呼び方がある)を経営に密着させ、経営の観点、全体最適の観点からシステムの在り方を検討させたいからだという。だが多くの場合、それは建て前。IT部門の人件費削減が真の目的だったりする。経営者もITにあまり関心が無いから、システム企画部はまるで“経営の盲腸”のような存在である。

 しかも開発・運用部隊をシステム子会社化したことで、従来から距離があった事業部門との距離はどんどん広がる。さらに本社に残った少人数の部員は、開発・運用から切り離されるから技術的背景が希薄になる。その結果、IR資料を作っているか、かつての同僚がいるシステム子会社をITベンダーに売り払う算段をすることぐらいしか、やることが無くなってしまう。