多重下請け構造でシステム開発などを手掛けるIT業界は、元請けのSIerか下請けITベンダーかを問わず、いずれも人月商売に明け暮れる。これは、日本のトラディショナルなIT業界を理解するうえでの基本中の基本。パッケージソフトウエア製品やクラウドサービスを売るのが基本の外資系ITベンダー、そしてFinTechベンチャーなど新興のIT企業とは一線を画す古典的な労働集約産業である。

 では、人月商売のITベンダーはいったい何を売っているのであろうか。SIerがユーザー企業からシステム開発を請け負ったり、下請けITベンダーがSIerなどから特定の機能の開発を請け負ったりしても、もちろん完成したシステムや機能自体が商品というわけではない。システムや機能の価値に見合う形でカネを受け取っているわけではないからだ。

 そもそも人月商売のITベンダーは、ソフトウエアの価値を提供し価値に見合う対価を受け取るという知識集約型産業としての鉄則を自ら否定している。では、人月商売のITベンダーが売っている商品はいったい何なのか。人月という工数に単価を掛けてカネをもらっている以上、技術者という人が提供する何かが、SIerや下請けITベンダーが売る商品ということになる。

 実は、人月商売のITベンダーが売る商品は極めて特殊なのである。そんな話をすると、特に下請けのITベンダーの技術者からは「そりゃ特殊だろう。なんせ商品は人そのもの。人売りだからな」といった極めてネガティブな反応が返ってくる。もちろん「人売り」の「人」とは自分たち、つまり技術者のことだ。70万円、80万円といった単価で、どこかの開発現場に売られていく。そんなイメージだ。

 確かに下請けITベンダーの経営者の中には、「遊んでいた技術者3人が70万円で売れた」などといった下品な物言いをする輩がゴロゴロいる業界だ。後で述べるが、実際に「人売り」、つまり技術者という「人」自体を商品にしているとしか言いようがないひどい話もよく聞く。だが、私が言う人月商売の商品の特殊性とは、そういう意味ではない。