日本人にはおかしな信念があって、それがビジネスにおいてマイナスに作用する。私は以前から、そう確信していることがある。何のことかというと、「約束した事は絶対に守らなければならない」という思い込みだ。多くの人が「約束は厳守」などという愚かな強迫観念にとらわれているのは、日本人ぐらいではないか。その結果、「正直者がバカを見る」という喜悲劇があちらこちらで繰り広げられている。

 「約束した事は絶対に守らなければならない」という強迫観念ゆえか、日本のビジネスパーソンは交渉の場で明確な約束をしたがらず、肝心な点を曖昧にしようとする。この態度が「何も決められない連中」と外国のビジネスパーソンに小ばかにされる大きな要因の一つだ。もちろん日本企業の場合、社内の会議に時間がかかることも「決められない」要因だが、そもそも会議に時間がかかるのは各人が明確な約束を避けようとするからにほかならない。

 ここまで読んだ読者から、既にごうごうたる非難が上がっていることだろう。「約束を守るのは人として当然。木村はそんなことも親から教えてもらわなかったのか」。いや、私も両親から「約束は守りなさい」と厳しくしつけられたから、約束を守るのは人として当然だと思っている。だが、「約束を“絶対に”守る」はあり得ないことだとも思っているのだ。

 新社会人の読者は次のような疑問を持つかもしれない。「新人研修で『約束を守れないようではビジネスパーソン失格』と叩き込まれたぞ。社会人を長くやっているオヤジが何を言っているのか」。確かにその通りで、その教えは全く間違っていない。実際、雑誌への寄稿で締め切りを全く守らないコンサルタントの原稿にも「約束を守れないようではビジネスパーソン失格」と明記されていた。

 だがもう一度言うが、「約束を絶対に守る」は絶対にあり得ない。なぜなら約束事には、約束を守るうえでの前提があるからだ。そして、その前提が崩れてしまえば、約束を守る必要はなくなる。別に難しい話をしているわけではない。「本を貸してあげる」と約束しても、本を紛失してしまえば約束の前提が失われる。わざわざ買い直して貸す人はいないはず。だがビジネス、特にIT関連の商談では考えられない事態がまかり通っているのだ。