日本を代表する観光地の一つで、世界遺産「日光の社寺」の所在地としても知られる栃木県日光市。和菓子の製造・販売を行う日昇堂は、徳川家康を祀った日光東照宮の入口にある朱塗りの橋「神橋」の傍にお店を開いたことから始まった。1937年(昭和12年)の創業で老舗といえる同社の和菓子は、地元では訪問客へのお茶請けとして、そして観光客には日光土産として親しまれてきた。最近では洋菓子にも力を入れ始めており、なかでも「日光ラスク」は新しい日光土産の定番となりつつある(写真1、2、3)。

写真1●朱塗りの橋「神橋」の傍にある日昇堂の本店
写真1●朱塗りの橋「神橋」の傍にある日昇堂の本店
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写真2●日昇堂の和菓子
写真2●日昇堂の和菓子
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写真3●日昇堂の「日光ラスク」
写真3●日昇堂の「日光ラスク」
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 社員35人(2014年当時)で製造から卸、直営店での小売りまでを行う日昇堂の代表取締役である長島孝昌氏には、長年の課題があった。同社が普段、商品を卸す小売店などの取引先は約150社あり、特に有力な取引先が約50社ある。それら多数の取引先への営業から納品までの営業活動を紙ベースで行っていたため、煩雑で時間がかかっていたことだ。

 納品は、基本的に自社の営業担当者がバン型の営業車で行っている。納品の際には複写型の納品伝票に個数などの情報を手書きして取引先に渡し、そのコピー(自社控え)に取引先担当者のサインをもらって本社に持ち帰り、総務部門に納品書を渡す。総務部門ではその納品伝票から仕訳伝票を起票し、財務会計システムにデータを入力していた。

 これら営業担当者7名で行う営業活動は基本的には紙ベースで、記入ミスが発生することがあったほか、売り上げが翌日にならないと把握できなかった。納品書が総務に渡り仕訳伝票を起票するのは基本的に翌日だったのである。また、売上把握の遅れが販売管理・在庫管理といった各種管理業務の難しさにつながっていた。

 東日本大震災を契機とした売り上げ低下も徐々に回復基調になってきた2014年7月、長島氏は、このような営業活動に関する長年の課題に対する対策を求めて、栃木県よろず支援拠点を訪ねる。これが、日昇堂が販売管理から在庫管理、仕訳までを一貫して処理する販売管理システムの構築に取り組む、第一歩となった。

 長島氏は当時を「今や世の中は便利な時代になっていますが、その中において我々の業界はまだアナログの世界にいます。何とかその状況を打開したく、相談に行ったのを覚えています」と振り返る。