エイベックス通信放送が運営する動画配信サービス「dTV」(サービス提供はNTTドコモ)は、スマートフォンでVR映像が楽しめるアプリ「dTV VR」をリリース、同時にミュージックビデオを中心にオリジナルのVRコンテンツの配信を開始した。8月27日、28日開催の音楽フェス「a-nation stadium fes. powered by dTV」では来場者全員にVRスコープを配布するとともに、大規模なVR体験ブースを設けた。近く「a-nation」の模様のVR配信も開始する。エイベックス通信放送 取締役の村本理恵子氏に、VRの取り組みや、dTVの現状を聞いた。

(聞き手は本誌編集長、田中正晴)

VRによるライブ配信に取り組むまでの経緯は。

エイベックス通信放送 取締役 村本 理恵子 氏
エイベックス通信放送 取締役 村本 理恵子 氏
東京大学文学部社会学科卒、時事通信社、専修大学経営学部教授など経て、2000年にガーラ 代表取締役に就任。2001年ウーマン・オブ・ザ・イヤー ネット部門を受賞。2007年より、エイベックスグループにて「レッドクリフ」の宣伝戦略立案。「BeeTV」立ち上げとその後の事業戦略、マーケティング戦略、編成戦略策定に携わる。

村本 今年VRが流行ってきたから実施したわけではなく、2年ほど前から取り組んできた。2016年3月には、dTVオリジナル作品として、リアル脱出ゲーム「サイコルームからの挑戦状」を配信している。

 一方で、我々は以前から音楽フェス「a-nation」(エイベックスグループが毎年開催している夏の野外ライブイベント)の模様を、リアルタイムで生配信するということも実施してきた。常に現場にも言っていることだが、同じことはやらない、必ず進化させたいという思いが私にはある。音楽ライブとVR技術を組み合わせると、コンテンツが劇的にリッチ化する。そこで、今年の「a-nation」はVRだということにした。

そもそもVRに関心を持ったきっかけは。

村本 当時、リアル脱出ゲームが流行っていた。我々はリアルの場は持たないが、dTVの中でリアルな体感ができる作品を作れないかと考えて、結果としてVR技術に取り組んだ。

 いま、映像に関する表現方法がどんどん増えている中で、一つの番組企画があったときに、もっとも面白い見せ方をしたいし、それを誰よりも先行して取り組みたい。利用者の方々に、「dTVのコンテンツは、こういう楽しみ方、見方ができて面白いよね」と言ってもらえればいい。当社は「新しい映像体験の提供」を標ぼうしており、VR技術もそういう一連の取り組みの一つだ。

a-nationでのVRの取り組みはいつ決めたのか。

村本 今年度に入ってからで、それから一気に様々なことを進めてきた。例えば「VRスコープ」について、取り組むのであれば「来場者全員に配ろう」とか、配るのであれば「誰もが手に取りたくなるようなもの、女性用のかわいいものにしよう」などと意見を出し、また、会場で配布する11万個のVRスコープをどのように製作するのか、どのように配布するか、捨てられないためにはどのようにしたらよいか、など次々と生まれてくる課題を一つ一つ解決していった。

VRの取り組みについて懸念はなかったのか。

村本 私からすると、VRは男性の世界というイメージだった。しかし、「a-nation」の来場者は圧倒的に女性が多い。そんな中で旧来イメージのVRに取り組んでも来場者との親和性はなかったという結果になりかねない。取り組みを成功させるためにも、「女性の世界にしたい」という明確な意思を最初から持って準備を進めた。一般の女性には、解像度がどうとか技術的なことに関心はない。一方で体験してもらえれば必ず驚くし、面白いと思ってもらえることは確信していた。

 女性の世界に持っていくため、VRスコープの作りや、デザインには相当にこだわった。試作品ができ上がってきても「このままだと組み立てられない」と何度も改善を要求した。同じ色のマジックテープ同士を張り合わせることで、簡単に組み立てられるようになったのは現場のアイデアだった。デザインも、「もっと可愛いものにしてほしい。持っていたらキャー、オシャレというものにしてほしい」と何度も検討し、今回の形になった。これが利用者の立場に立って考えるという私たちのこだわりだ。ゴミ箱に直行するのではなく、フェスの来場者が家に持ち帰り部屋に置いておきたいと思うものに仕上げることが目標だった。

 a-nation開催の約1カ月前からa-nation出演アーティストらのVRコンテンツを順次配信し、「a-nation」に行くと何かあるぞと気分を盛り上げて、当日会場に行くと大きな体験ブースがあるとともに、VRスコープを全員に配布するという設計にした。リアルイベントである「a-nation」と、デジタルの世界のdTVを連携させた。