「新しい技術は、理解できても導入となると様々な壁が立ちはだかり様子見となりがち。ではAI(人工知能)における壁とは何か」――。2016年10月28日に都内で開催された、「ビジネス分野におけるAI」についてのパネルディスカッションで飛び出した論点である。

 このパネルディスカッションは、デジタルメディア協会(AMD)が開催したシンポジウム「AIが未来を変える!」の第1部として開催された。慶応義塾大学大学院 特別招聘教授の夏野剛氏が司会をつとめ、トヨタ自動車 先進技術統括部 主査 担当部長の岡島博司氏、富士通研究所 知識情報処理研究所 人工知能研究センター長の岡本青史氏、ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者の牧野正幸氏がパネリストとして参加した(写真)。

写真●パネルディスカッションに参加した慶応義塾大学大学院 特別招聘教授の夏野剛氏(左上)とトヨタ自動車 先進技術統括部 主査 担当部長の岡島博司氏(右上)、富士通研究所 知識情報処理研究所 人工知能研究センター長の岡本青史氏(左下)とワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者の牧野正幸氏(右下)
写真●パネルディスカッションに参加した慶応義塾大学大学院 特別招聘教授の夏野剛氏(左上)とトヨタ自動車 先進技術統括部 主査 担当部長の岡島博司氏(右上)、富士通研究所 知識情報処理研究所 人工知能研究センター長の岡本青史氏(左下)とワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者の牧野正幸氏(右下)
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スキル、社会への適応など課題は多岐に渡る

 パネリストが指摘した「AI導入の壁」は三者三様だった。ワークスアプリケーションズの牧野氏は「AI以前の壁」として、企業がクラウドサービスにデータを預けることへの抵抗感を挙げた。同氏が2年前に、同社のクラウドERP(統合基幹業務システム)である「HUE」をユーザー企業に紹介して業務効率や生産性向上などのメリットを説明したところ賛同を得たが、一方でクラウドサービスに対する抵抗感があると感じたためだ。現在はこうした抵抗感は、かなりなくなったという。

 トヨタ自動車の岡島氏が挙げた壁は「業務スキル」。同氏は、車を制御するソフトウエアの行数は膨大になり、ソフトウエアの工数がかなり大きくなってきたと指摘。上司は「メカニカルエンジニアもソフトウエアを書け」と言い始めたという。こうした状況を踏まえ、設計担当者、データ分析を担う評価担当者や実験担当者はビッグデータ解析や機械学習に関して、自分で簡単な分析ができる程度にレベルアップすべきと主張した。

 「ソーシャルアダプテーション(社会への適応)」を挙げたのは、富士通研究所の岡本氏。「重要なのはAIを社会あるいは業務で使えるようにするプロセス。そこで当社は苦労している」と話す。技術を持っているだけではできず、顧客と共に作っていく部分だと指摘した。

 その後パネルディスカッションでは、AI普及のために行政に望むことやAIで解析するデータの開放などを論じたあと、夏野氏はまとめとして今度は「AIをよく利用するようになるための最大の課題と解消策」について意見を求めた。

 トヨタの岡島氏は「現場で持っている設計データや市場のデータが、全部ばらばらで“つながって”いない」と指摘した。例えば、問題が発生した車の生産時期、さらには部品のメーカーや製造時期や検査などのデータなどはひも付けできない状態で、それらをコストをかけずひも付けられるようにすることが課題だという。

 富士通の岡本氏は、日本はAI(の活用)につながるかもしれないデータサイエンティストの教育が遅れていると述べ、日本を背負って立つ若い層への教育が課題であると指摘した。ワークスアプリケーションズの牧野氏が挙げた課題は、「まず使ってみること、業務システムにAIが入るのを怖がらないこと」。AIによって仕事がなくなることは今後10~20年はなく、むしろ早くAIを使って業務改善のヒントを得て、生産性を上げた方がよいと主張した。

AIが入り込んでいるエンタメ業界

 シンポジウムでは、第2部で「エンターテインメント分野におけるAI」と題したパネルディスカッションも開催した。夏野氏が司会を務め、ソニー・インタラクティブエンタテインメント Worldwide Studio プレジデントの吉田修平氏、スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏、HEROZ リードエンジニアの山本一成氏、日本マイクロソフト Bingインターナショナル【Bingサーチ&AIりんな】 Japan & Koreaビジネス統括シニア戦略マネージャーの中里光昭氏がパネリストとして参加した。

 パネリストのプレゼンテーションを聞いた夏野氏は「エンターテインメント分野のAIがビジネス分野といちばん違うところは、ユーザーへのアダプテーションのが早さ。エンターテインメントにおけるAIの使われ方は、実社会におけるAIの使われ方の先行指標になると思う」とコメント。パネルディスカッションは、「ユーザーはAIをどう受け入れるのか」「エンタメ業界でAIは、人と寄り添うように調整しながら作る段階にあるが、それが進むとどうなるか」などの話題で盛り上がった。