政府の2016年度IT関連予算の概算要求が出そろった。生産性向上や技術革新といった「攻め」の分野と、セキュリティ対策や社会コストの削減といった「守り」で、各省庁が重点と考える政策テーマが見えてきた()。

 2016年度の政府IT関連予算の指針となるのが、内閣府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が策定した「世界最先端IT国家創造宣言」だ。この6月に内容を改定。IT利活用の深化、働き方改革、豊かな社会の実現、公共サービスの充実という4本の柱のそれぞれで、新しい項目を設けた。

表●2016年度予算概算要求の主なIT関連項目
表●2016年度予算概算要求の主なIT関連項目
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 同宣言で攻めのIT政策の要となるのが、人工知能(AI)やIoT(Internetof Things)、ビッグデータなどの活用促進だ。AIの応用例が、自動車の自動走行技術を確立すること。「世界で最も安全で環境にやさしく経済的な道路交通社会の実現」に向け、完全自動走行システムを2020年代後半以降に試用できるようにするとうたっている。

IoTについても、高速の無線通信技術やセンサー技術の研究と開発を促進するとしている。

AIの研究開発組織を競う

 AIやIoT、ビッグデータに関する予算要求に最も積極的なのが、文部科学省と経済産業省だ。両省はこの3分野をセットにしたプロジェクトを競うように提案している。

 文科省は、人工知能を中心とした3分野について「世界最先端の人材が集まる研究開発拠点」を理化学研究所に構築する考え。名称は「AIP(AdvancedIntegrated Intelligence PlatformProject)センター」で、概算要求ではセンター構築費用を含めた100億円を要求した。

 経済産業省は2015年5月1日付で、3分野の研究を担う「人工知能研究センター」を産業技術総合研究所に構築済み。同センターを中心とした「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」に、前年度の約3倍となる30.6億円を要求した(図)。

 人工知能を含めた3分野は、基礎研究と応用研究の距離が近く、両省の棲み分けは容易ではない。両省が国内の優秀な人材を争奪すれば、産業界を含めた人材交流の場としての機能を果たせなくなる恐れがある。

図●経産省の「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」の概要
図●経産省の「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」の概要
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 守りのIT予算の代表がセキュリティ分野だ。先の宣言でも、政府が策定した「サイバーセキュリティ戦略」に沿って具体策を推進するとしている。

 概算要求では国内外で高まるサイバー攻撃の脅威に対して、多くの省庁が要求を積み増した。特にこれまで手薄だった所管団体や独立行政法人、特殊法人に対して、監視や調査の範囲を広げる予算を確保しようとする動きが目立つ。日本年金機構の情報流出事件を契機に、政府・地方自治体システムのセキュリティを強化するための大幅な増額要求が相次いだ格好だ。

 政府のサイバーセキュリティの司令塔となる内閣官房の内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は、2015年度予算の約5倍になる83億円を要求した。厚生労働省は2015年度予算にはない新規枠として「情報セキュリティ対策の強化」に62億円を要求した。目的は所管する年金機構などの組織への監査体制を強化すること。医療や労働など多岐にわたる個人情報を管理する、同省自身のセキュリティ対策充実も図る。