高層ビルの屋上、手すりのない縁の部分に立っている。足元には何もなく、はるか眼下に見えるのは行き交う車。「さあ、降りましょうね。大丈夫ですよー」。両脇の人が平然とした顔で足を踏み出せと促すが、いったい私は何をされようとしているのか――。
リクルートホールディングス(HD)は2016年8月1日、仮想現実(VR)を体感できるゴーグル型端末を使い、認知症の状態を疑似体験する社内向けイベントを開催した。リクルートグループ内で実施したアンケートによると、社員の30%が「5年以内に親族を介護する可能性がある」としている。認知症の実態をより詳しく理解することで、自身や同僚の親族が要介護状態になった場合に、より適切に支援できるようにする狙い。
リクルートHDは「Be a DIVER!」と題するダイバーシティ推進活動を展開しており、その一環でリクルートグループ社員を対象にした社内イベントをほぼ月例で実施している。例えば女性活躍、LGBT、男性の家事・育児参加といったテーマで、悩みを抱える人の視点を理解したり、そうした人に対しどのような支援ができるかを考えたりしている。
どこへ向かっているのか、何をさせられるのか
この日は認知症をテーマに掲げ、リクルートグループ内で参加者を募り、抽選で選ばれた約45人が出席。会場には韓国サムスン電子のゴーグル型端末「Gear VR」50台を用意した。認知症になった高齢者には現実世界がどのように見え、どのような不安を感じているかを映像で体験した。
この日使われた映像は2種類。いずれもショートフィルム風の実写映像で時間は3分程度。ゴーグルを装着した視聴者の向きに合わせて映し出す映像が変わるよう、360度が映った映像となっている。
一つめの映像は、電車に乗っている際に自分がどこにいるのか、目的地へ行くにはどこで乗り換えるべきか分からなくなってしまうというもの。駅員に助けを求めるものの、「ここはどこでしょう」という質問の意味を駅員が理解してくれず、適当にあしらわれてしまい途方に暮れる、というやり取りも盛り込まれている。認知症の人の話を「変なことを言っているな」と受け流すのでなく、少し丁寧に聞いてあげることで、どんな不安を抱えているのか、何をしようとしていたのかを理解でき、助けてあげられることを示唆している。
二つめは、福祉施設の送迎車から降りる際、足元にできた車の黒い影が実際よりはるかに深く見えてしまうというもの。周囲の介助者にとっては、車から地面に降りるだけの数十cmの段差としか映らず、本人に早く降りるよう再三促すが、本人にとっては、高層ビルの屋上の縁から足場のないところに踏み出すような感覚があり、恐怖で動けなくなる、というイメージのギャップを実写映像で示している。実際の場面では、本人に怖がる様子があるか否かなどを基に同様のケースか判別でき、足元が安全だと説明や行動で示すことで不安を除去できるという。