工場で集めたデータは全て工場主のもので、トラックや船舶の運行データは収集の主体である運送会社や海運会社に帰属する。店舗など商業施設で集めたデータは施設運営者だけが権利を主張できる――。

 特に議論もなく“常識”と考えられてきた、こうした産業データの利用権限のあり方を問い直す動きが出てきた。経済産業省は5月30日、企業間でデータの利用権限を協議して契約に取りまとめる際に参照する「データの利用権限に関する契約ガイドライン ver1.0」を公表した。個人情報を含まない産業データ、特にIoT(Internet of Things)やAI(人工知能)の分野で収集・利活用するデータを想定したガイドラインだ。

工作機械メーカーもデータの利用権を主張できる

 ガイドラインでは、データを収集した企業が取引先企業から自社業務に関連する一部データを使いたい申し出を受けた場合に、どのような手順で利用権限や利用できる範囲を取り決め、契約書面にするかまでのマニュアルを示している。

 例えば、自社工場内の様々なデータを収集している製造企業が、工作機械メーカーなどから納入した装置に関わる一部データを利用したいという申し出を受けた場合は、これらの取引先と協議して利用権限があるかないかを明確にし、契約として書面化することを推奨する。ガイドラインではその具体的な手順や契約のひな型などを示している。

 利用権限を考える際の参考指標として、データ収集への貢献度やデータと企業の関連度などから決める方法なども示した。製造企業が工場内で設備の稼働データを収集している場合、データ収集機能を備えた工作機械を納入した機械メーカーは、収集手段を提供している点で貢献している。自社の機械の稼働データは関連度も極めて高く、ガイドラインに照らせばデータ提供を求める妥当性があると言えそうだ。

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 経産省の狙いは、日本の産業界に対し、ノウハウ流出にならない範囲で横断的なデータの共同利用を促すことにある。

 「ガイドラインは(経済産業省からの)問題提起と捉えてほしい。産業データの中には、外部に提供してもノウハウ流出にはならず、支障がない範囲もかなりある。しかし現実には、データの利用権限を単独で主張し、取引先企業に認めるケースは多くない」。ガイドライン作成に携わった商務情報政策局情報経済課の明石幸二郎課長補佐はこう話す。

 例えば製造業の分野では、IoT機能を使ったメンテナンスやアフターサービスを売り物にした製品開発が活発になり、工場内での製造プロセスのIoT化も進んでいる。しかし、完成品メーカーに部品や機能モジュールを納めるメーカー、工作機械や産業用設備のメーカーなどは、取引上の力関係から完成品メーカーに対し、自社製品に関わる範囲でもデータ提供を求めにくい状況がある。

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 実際に情報経済課のヒアリングでは「これまでの商慣行から見て、協議に応じてくれそうにない」「(取引の力関係から)話を切り出すことさえできない」などと悩みを打ち明ける関係者の声が聞かれたという。

 実のところ、今回のガイドラインに規制力は全くない。産業界はこれを順守する義務を負わず、データの利用権限はあくまで企業間での取り決めや合意が尊重される。

 ただし政府が推奨する取り決め方がガイドラインとして存在することで、立場の弱い下請けメーカーなどが取引先に対し協議を求めやすくなる効果が期待できるという。さらに、このガイドラインを下敷きにして、特定の業界に特化したデータ共用の枠組みを作る動きもある。