加速か減速か。日本のFinTechが、思わぬ岐路に立たされている。日本の金融業界として、かつてないほどのスピードで進んできた変革に、「待った」の声が掛かったからだ。

 2015年9月、金融庁は「平成27事務年度 金融行政方針」を示し、FinTechに速やかに対応する旨を表明した。日本の金融業界はこれを境に、一気にFinTech推進へと舵を切り始めた。メガバンク各行は専門部署をエンジン役として、オープンイノベーションやスタートアップ企業との提携を推し進め、SBIグループが同年12月に新設した300億円規模の「FinTechファンド」には約30行の地方銀行が名を連ねた。

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 民間の動きに呼応するように、金融庁も積極的な施策を立て続けに実行する。2015年12月に、FinTechの窓口である「FinTechサポートデスク」を設け、スタートアップ企業からの法規制面での相談を受け付ける体制を準備した。さらに2016年5月には、銀行による出資規制を緩和する改正銀行法、仮想通貨を初めて法的に位置づけた改正資金決済法を成立させた。

 ところが今、官民一体で進めてきたFinTech革命に停滞の可能性が出てきた。発端は、金融庁が通常国会での提出を目指している、さらなる銀行法改正だ。元々は、日本のFinTechをさらに加速させるための妙手となるはずだった。

 今回の銀行法改正の内容を大まかに言えば、次のとおりだ。

銀行APIが「公開義務」となるか

 銀行に対して、例えば「残高照会」や「振込」といった銀行機能に関するAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を準備させ、外部のスタートアップ企業に公開することを求める。一方で、同APIに接続するスタートアップ企業は、「電子決済等代行業者」として登録制とするといったものだ。登録された電子決済等代行業者に対しては一定の基準の下、銀行は事実上のAPI公開義務を負う。

 2016年12月に金融審議会がまとめた報告書を基に、金融庁は銀行法改正に動き出していた。これに異を唱えたのが自民党の一部だ。理由は複数あるようだが、登録制導入が「過剰規制」に当たり、新たなスタートアップ企業の参入障壁になりかねないという声があるとみられる。自民党の了承がなければ、法案提出は暗礁に乗り上げかねない。

 もし法案提出が見送られた場合、銀行APIの公開が停滞するのは明らかだ。地銀の多くは様子見モードとなり、メガバンクの取り組みにもブレーキがかかるかもしれない。一部の先進的な銀行が、積極的なAPI公開を進めるという今の状況が継続する見通しが濃厚だ。これは、日本がFinTechで世界の最先端に躍り出るチャンスを棒に振ることになりかねない。

 銀行APIは、新たな金融サービスを生み出すための、「ふ卵器」のようなもの。スタートアップ企業やネット企業が手掛けるオンラインサービスの中に、銀行機能をシームレスに組み込めるようになれば、利便性の高いサービスを実現できる。銀行の便利な機能と外部の豊富なアイデアが融合すれば、今までにない斬新なサービスを生み出せる可能性も飛躍的に高まる。

 その際、銀行法改正を契機にメガバンクや地銀などが一斉にAPI公開に踏み切る意義は大きい。一部の銀行によるAPI公開にとどまっては、その銀行の顧客でなければ、銀行APIを使った新サービスは使えないからだ。銀行が一律でAPIを公開することで、多くの顧客を対象としたビジネス展開が可能となり、この分野に新規参入するプレーヤーも増えるとみられる。ユーザー側から見ても、A銀行の顧客は便利なサービスを使えるがB銀行の顧客は使えない、といった不平等を解消できる。

海外から見て魅力的な市場になるために

 現時点で銀行APIを公開している事例は、実は世界的にもそれほど多いわけではない。そうした状況だけに、多くの銀行がAPIを公開している市場を日本が実現できれば、海外のスタートアップ企業から見ても魅力的な地に映る。斬新なアイデアを実践できるイノベーションの地として、日本が浮上できるチャンスが出てくる。

 「登録制の導入によって参入のハードルが多少上がっても、全銀行にAPIを備えさせることが重要」と金融庁は考えているとみられる。そもそもスタートアップ企業などに課す予定の登録要件も、「債務超過でないこと」といった比較的軽いものになる見通しだ。

 日本のFinTechが世界の先頭集団に立つか。あるいは、停滞を余儀なくされるのか。銀行法改正の可否が決めることになる。