逮捕歴を持つ男性が、米グーグルなどの検索サイトから自身の逮捕歴に関するURLリンクなどを削除するよう求めた裁判で、最高裁判所は2017年1月31日、東京高等裁判所の判決を支持し、請求を退ける決定を下した。さいたま地方裁判所が認定した「忘れられる権利」には言及しなかった。

 最高裁は、児童買春が社会的に強い非難の対象とされる点から、その逮捕歴は「今なお公共の利害に関する事項」(同決定)であり、一定期間犯罪を犯さず妻子と共に生活している点を考慮しても「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」とした。

 プライバシー法制に詳しい中央大学 総合政策学部 准教授の宮下紘氏は今回の決定について、プライバシー保護と表現の自由を比較衡量するうえでの判断要素が、過去の週刊誌報道に伴う判決(長良川事件報道訴訟)と同じである点に着目する()。EU(欧州連合)がデータ保護規則で法制化した「忘れられる権利」のようなインターネット空間特有の新概念を用いず、オンラインとオフラインで同一の判断要素を採用したわけだ。

表●今回の決定と、週刊誌が仮名を用いて少年犯罪を報道した長良川事件報道訴訟(最判平成15年3月14日)の判断要素の比較
(提供:宮下紘氏)
本決定長良川事件報道訴訟
事実の性質及び内容犯罪行為の内容
プライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度プライバシーに属する情報が伝達される範囲と具体的被害の程度
その者の社会的地位や影響力年齢や社会的地位
記事等の目的や意義記事の目的や意義
記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化公表時の社会的状況
記事等においてその事実を記載する必要性公表する必要性

 その一方、今回の最高裁決定では、プライバシーの法的利益が表現の自由に優越することが「明らかな」場合に削除ができるとして、先例にはなかった「明らかな」という要件を設けた。この点について宮下氏は「インターネットの世界の方が、紙媒体の世界よりも情報の削除を認めにくくしたとも解釈できる」と指摘する。

 宮下氏は今回の最高裁の決定は、忘れられる権利の否定ではなく、「最高裁が判断を先送りしたもの」とみる。「実際、上記の表に挙げた判断要素には、時の経過という概念が含まれていない」(宮下氏)。10年後、あるいは15年後に同じ申し立てをした場合には、インターネット上に半永久的に残る記録について、「時の経過と共に忘れられる権利」が改めて議論される可能性があるという。

検索サイト事業者にはひとまず朗報

 今回の決定に対し、日本のグーグルは胸をなで下ろしているだろう。直接的に「忘れられる権利」について判断する決定ではなかったものの、EUの「忘れられる権利」が日本でも判例として定着する事態はひとまず防げたからだ。