iPhoneを世に送る“魔法使い”の真実

 もしこの世に魔法使いがいて自らの半生をまとめたとしたら、どんな内容になるだろう。魔力で何でも解決し、苦労は一切なく大成功。そんな物語が綴られるかもしれない。

 しかし彼らにだって、人知れぬ悩みがあるはずだ。必死に魔法を覚え、ライバルとの競争に勝ち抜いたり、魔法だけでは倒せない難敵に立ち向かったりする場面も出てくるに違いない。それらをどう切り抜けたのかは、私たちの教訓になるだろう。

 本書はまさにそんな1冊だ。ジョナサン・アイブは長年、米アップルのデザイナーを務め、iMacやiPod、iPhoneといった名だたる製品を世に送り出した人物。スティーブ・ジョブズと並ぶ「天才」の1人である。

 そんな彼がいったいどんな半生を送ってきたのか。あまり語られることがなかったアップル以前の話から、“秘密主義”を貫くアップル内部の話まで、細かく網羅されている。

 その青年期は、まさに“魔法使い”と呼べるほど輝かしい。学生時代から注目を集め、有名デザイン事務所から声をかけられたり、最終的に独立したりと、誰もがうらやむ経歴だ。

 しかしアイブの人生は決して順風満帆だったわけではなく、楽して名声を手に入れたわけでもない。イギリスで送った学生時代、作品1つを完成させるのに普通の学生であれば5~6個の模型で満足するところを、彼は数百の模型を作った。それぞれの模型の差はわずかだったが、アイデアを深く追求し、形にするための努力を惜しまなかったのである。