米国の通信業界がメディア再編の波で揺れている。2016年7月に米ベライゾン・コミュニケーションズが米Yahoo!の中核事業を買収すると発表。同10月には米AT&Tが米タイム・ワーナーの買収を発表した。世界最大級のメディア複合企業を手に入れようとするAT&Tの戦略を背景事情と併せて解説する。

 米国大手通信事業者のAT&Tは2016年10月22日、米国メディア大手のタイム・ワーナー(Time Warner)を854億ドル(約8兆6000億円)で買収することを発表した。両社の取締役会は既に買収計画を承認しているとのこと。8月に両社のCEO(最高経営責任者)が会い、メディアの将来について意見交換したことがきっかけだという。

 AT&Tのランドール・ステファンソンCEOは「メディアと通信業界が、顧客、コンテンツ制作者、配信事業者、広告主に貢献する新たなアプローチになる。当社は優良なコンテンツとそれをあらゆるメディアに配信するネットワークを擁することになる。それぞれの分野で強みを持つ2社の完璧な統合だ」と述べた。2015年の売上高は、タイム・ワーナーが281億ドル、AT&Tが1468億ドル。合併すると1749億ドル(約18兆円)規模になる。ただし、巨大企業同士の合併に難色を示す政府関係者もいることから、当局の承認を得るまでのハードルは高そうだ。

世界最大級のメディア複合企業

 タイム・ワーナーは傘下に多様なメディア企業を抱える。主なものだけでも、有料テレビのHBOや、映画・コンテンツの制作・配信のワーナー・ブラザーズ、アニメ専門チャネルのカートゥーンネットワーク、ニュース専門チャネルのCNN、出版のDCコミックスがあり、TNTやTBSなどのケーブルテレビ(CATV)向けチャネルも持っている。米国国内だけでなく世界中でコンテンツ配信を行っている。

 同社が2016年11月2日に発表した2016年第3四半期(7~9月)決算は、売上高が前年同期比9%増の71億6700万ドル(約7300億円)、純利益が同42%増の14億6700万ドル(約1500億円)だった。映画部門や有料テレビ部門の増収増益などが貢献した。特に映画「スーサイド・スクワッド」の大ヒットが大きかった。逆にヒットが出なかった第2四半期(4~6月)は減収だった。このようにメディア業界は、配信するコンテンツやオリンピックなどの季節的な特殊要因によって収益が左右される業界であり、通信事業者のように毎月の安定した収入が見込める業界ではない。

 タイム・ワーナーは1923年の創業以来、雑誌、映画、テレビとその時代の有力メディアと連携することで成長してきた。そして現代のメディアの主役はスマートフォンやタブレット端末である。同社にとってAT&Tのような通信事業者との合併は時代のトレンドに合わせた自然な流れと言える。

「ネット動画需要の増加に対応」

 タイム・ワーナーのジェフ・ブックスCEOはAT&Tとの合併について「あらゆるプラットフォームにおいてコンテンツを顧客に直接提供できるようになる。あらゆる場所にいる消費者やファンにとって歓迎すべきことだ」と述べている。なお、買収手続き完了後のタイム・ワーナーの経営について、同氏はCEO職にとどまると会見で語っている。

 さらに同氏はモバイル動画配信におけるAT&Tとの親和性も強調している。「モバイル端末で視聴されている動画が増えている。規模の大きいAT&Tは当社コンテンツの素晴らしいホームになる。AT&Tと一緒になることでネット動画需要の増加に対応できる」と述べている。

 同時に同氏は「世帯レベルでターゲット広告を打つという新たな好機」とも指摘している。タイム・ワーナーのようなメディア企業は個人の消費者や各家庭に直接アクセスする手段を持っていない。どれだけ良いコンテンツを所有していても、顧客が視聴しない限り、広告費や契約料で制作費を回収するというビジネスモデルは成り立たない。一方の通信事業者はモバイルや固定、CATVといった手段で顧客へ直接販売を行っている。タイム・ワーナーはAT&Tの持つ販売ネットワークを活用して、ますます多くの消費者にコンテンツを直接届けることが可能になるだろう。