ソフトバンクは傘下の通信事業者である米スプリント(Sprint)とTモバイルUS(T-Mobile US)の合併を断念した。合併交渉の経緯や断念への孫正義CEOの思い、ソフトバンクの今後の戦略について同氏の決算説明会での発言などを基に明らかにしていきたい。

買収当初からT-Mobile USとの合併を模索

 ソフトバンクは2012年10月、当時米国3位だったSprintの戦略的買収を発表。2013年7月にSprintの買収が完了した。ソフトバンクは約216億ドル(当時約1.8兆円)を投資し、Sprint株式の約78%を保有した。

SprintとT-Mobile USの合併をめぐる経緯
SprintとT-Mobile USの合併をめぐる経緯
出所:公開情報を基に作成
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 Sprintはソフトバンクによる買収が完了した当時、米国市場で上位2社のベライゾン(Verizon)とAT&Tに対抗するために、さらに4位のT-Mobile USの買収を目論んでいた。そのために積極的にロビー活動を行っていたが、当局から承認を得ることはできなかった。結果として、Sprintは1社単独で上位2社と戦わなければならなかった。

 買収完了後のSprintではネットワークの改善が進んだものの、純増数の減少が続いていた。2014年度第1四半期の決算発表時に孫CEOは次のように述べた。

 自信を持って薦められるネットワークでもないのに、一所懸命に売っても意味がないので、これまで営業攻勢を大幅にはかけていなかったが、やっとネットワークの改善が進んだ。いよいよ本格的に営業攻勢に入る。
出所:ソフトバンク「2015年3月期 第1四半期 決算説明会(ソフトバンク株式会社) 動画配信」

 その決算説明会で同氏は「2強状態よりも3つどもえの状態の方がより健全でかつ激しい競争が起きると思っている」と、従来同様T-Mobile US買収を諦めていない旨の主張を繰り返した。

 また孫CEOは、2015年2月に行われた業績発表時には、次のように一時的に合併を断念するとコメントした。

 スプリントは(T-Mobile USと)合併させることで伸ばしていく算段だった。挑戦してみて、改めて山の険しさ、高さを認識しているのが正直なところ。ただ米国は大きな市場で、モバイルの上位2社は大きな利益を上げている。まだ挑戦する余地がある。一歩一歩好転しており、長期的な戦いになる
出所:ソフトバンク「2015年3月期 第3四半期 決算説明会(ソフトバンク株式会社) 動画配信」

 この時期は米国の次期政権は民主党になるだろうと多くの人が想定していたことも背景にあっただろう。

 そして2015年11月の業績発表時には、Sprintの業績回復と将来について次のような強気の発言をした。

 この3〜4カ月の間、私はだいぶ自信が出てきた。正直に申し上げて、Sprintを反転攻勢させていく設計図が見えた。それを実行に移していくプロセスは、もちろんこれから必要ではあるけれども、少なくともはっきりとした道筋は見えた。営業利益は黒字に転じており、その差額は負債の金利だ。Sprintの手元資金は7000億円程度の現金とそれに同等のものを持っており、来年分の返済財源まで調達は整っている。
出所:ソフトバンク「2016年3月期 第2四半期 決算説明会(ソフトバンクグループ株式会社)動画配信」

 この時期になるとSprint1社単独で戦っていく覚悟ができたことが発言からもうかがえる。だがこの時期、既にT-Mobile USに加入者数で抜かれて、Sprintは4位に転落していた。

 2016年7月には、ネットワークの改善について次のような強気の発言を行った。

 「Sprintのネットワークがつながらない」ということで解約率が非常に高かったが、この解約率をSprint史上で最小限のレベルまで改善できた。我々はネットワークへの設備投資で米国最強のネットワークにしようと思って設計をしている。既にその兆しが出ており、Nielsenの調査でネットワークの通信速度では、他社を抜いて一番と出ている。(省略)米国で4位とか、いろいろなご心配をいただいているが、よく考えると、世界一利益率の高いソフトバンクの国内のモバイルよりも、絶対額ではSprintのほうがユーザー数も売り上げも多い。だから、ソフトバンクモバイルで培ったノウハウ、経営力をSprintに移植し、これが完了してSprintとソフトバンクモバイルを足すと、その2社から得られる収益はAT&T、Verizonに匹敵する規模になれる。
出所:ソフトバンク「2017年3月期 第1四半期 決算説明会(ソフトバンクグループ株式会社) 動画配信」

 その一方で、次のようにSprintを売却してしまいたかったという本音も吐露した。

 1年前は全然違ったんですよ。2年前は地獄のような苦しみだった。疲れて疲れて、へとへとで「Sprintを早く売りたい」という状況だった。だが今やSprintの電話会議、Sprintの会議、Sprintのネットワーク設計、楽しくてしょうがない。
出所:ソフトバンク「2017年3月期 第1四半期 決算説明会(ソフトバンクグループ株式会社) 動画配信」