最近、立て続けに公立美術館(長野県、大阪市、枚方市)の再生・建設のプロジェクトに関わることになった。以前にも川崎市、静岡県、新潟市の既存の公立美術館の評価や改革に関わったが、いずれも既存館の経営改善が課題だった。

 それに対し、今回は長野県が建て替え、大阪市が新設(中之島)と大規模リニューアル(天王寺)、枚方市が新設(その是非も含めた検討)と、いずれもハード主体の改革である。老朽化を迎える公立館が今後、増える。3つの事例をもとに課題を考えたい。

ハード更新は最大の改革のチャンス

 美術館の価値はもちろん作品(コレクション)で決まる。だから「たかがハード」である。しかし「されどハード」でもある。なにせ建物のあり方次第でコンセプトや運営ソフトのかなりの部分が決まる。よくある失敗事例は、有名建築家に設計を頼んだが、運営費も建設費も高くつき、後で困るという話である。一方、斬新な建物が集客のプラスになる例もある。建物も作品の一つという見方もある。

 いずれにしても建物の建て替え、リニューアルは改革の千載一遇のチャンスであり予算もつきやすい。その時期に向けて課題の洗い出しをしておくべきだ。だが、設置者の自治体側には美術館の建て替えの経験はほぼ皆無である。えてして新設の時と同じ段取りで作業が進む。それを阻止して、まずは冷静な現状評価から始めるのが改革の第一歩である。

 つまり今の館の何が課題か、利用者、学芸員、指定管理者、業務受託者、行政パーソンなどにつぶさにヒアリングする。聞くと、企画展の運営スタッフが足りないとか、コレクションが地元作家のものばかりでつまらない、平日一日は夜遅くまで開くべき、レストランの料理がおいしくないといった意見が噴出する。こうした意見を手がかりに数字を集め、分析し、ハードとソフトの改善案を作る。

 その上で新しい建物のコンセプトや運営方針などを紡ぎだしていく。こうした作業もなしに会議だけ開いてあり方を議論しても非効率だ。設置者としてはあまり現状批判は聞きたくない。だが、美術館のあり方を巡る議論は放っておくと、なんでもありになりがちだ。すでに出ている課題をオープンにすることで新たな館の方向性が絞りやすくなる。

曼荼羅的展開のすすめ

 美術館の戦略を考えるときに、私は「宇宙からここを見下ろしてみて下さい」「館の外との関係の設計は中と同じく大事」とアドバイスしている。昔の美術館は「ホワイトキューブ」と呼ばれ、作品を保護する白い壁、白い箱であればよかった。だが最近は、レストランやカフェ、売店も大事だし、庭との一体感で作品を鑑賞する館もある(島根県の足立美術館など)。さらに近隣地区との関係や最寄りの空港に作品の一部を置くなどの動きもある。いずれも外に向かって美術館を開いていく努力であり、また地域との相互関係を深めようというものだ。

 そこから発展して小中学校の授業への協力、地元商店街、病院や福祉施設との連携などにも発展する。また他の美術館との提携も積極的に考える。例えば瀬戸内海の美術館全部がお互いの作品をいったん共同で設立した機構のような組織に預ける。そして共通の収蔵庫で保全しつつ、お互いに貸し借りを増やすといった充実策も考えられる。さらに入館パスやスタッフも一本化して美術館連合のようなものにしていくと経営品質も上がるだろう。

インバウンド誘致への貢献

 「美術館はもうからない」とよく批判される。確かにそうで世界的にほとんどが赤字である。だが、世界的には「紙の文化資産は図書館が、それ以外は美術館が公共のために資産を収集し、保全し、提供する」とされ、美術館が赤字なのは図書館の赤字と同類のこととされている。むしろ課題は単体で黒字を目指すことではなく、地域の産業にどれだけ貢献するかだろう。

 その意味でインバウンドは、いいテーマだ。なぜなら海外からの旅行客は、天候によって旅程が変えられない。だから雨の日はお手上げになる。しかし美術館があるとシェルターになるし、地域についてよく知ってもらうチャンスでもある。成功している観光地には、想像以上に美術館が多い(箱根、河口湖など)。そして外国人比率も高い。多くの自治体が「インバウンド誘致」に血道を上げているが、灯台下暗しである。地元の公立美術館のてこ入れで他地域との差異化ができるし、誘致策としても有効だ。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山 信一(うえやま・しんいち) 慶應義塾大学総合政策学部教授。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。国土交通省政策評価会委員(座長)、大阪府・市特別顧問、新潟市政策改革本部統括、東京都顧問および都政改革本部特別顧問も務める。専門は経営改革と公共経営。著書に『検証大阪維新改革』(ぎょうせい)、『組織がみるみる変わる改革力』(朝日新書)、『公共経営の再構築-大阪から日本を変える』(日経BP社)、『大阪維新 橋下改革が日本を変える』(角川SSC新書)、『行政の経営分析-大阪市の挑戦』(時事通信社)など多数。