前号に引き続き、5月17日の大阪市での住民投票の賛否を決した要素は何かを振り返ってみたい。前号では住民投票の賛否を分けたのは、実は都構想よりも「橋下改革(の急進性)」「政治家橋下(の人となり)」への賛否であり、さらに維新の党や大阪維新の会の躍進がもたらす「憲法改正」や「敬老パス廃止」への懸念もあったという見方を紹介した。だがもちろん賛否を問われたのは「都構想」である。今回は筆者が住民投票の現場で感じた「都構想」そのものに対する住民の見方を紹介したい。

公式見解と本音のずれ

 まず“公式見解”を確認する。賛成派は、「都構想が実現すると二重行政がなくなり、力強い広域行政、成長戦略とより地元に密着した地域サービスが実現できる」と主張した。対する反対派は、「二重行政は存在しない。仮にあっても府と市が協議すれば解決できる」と主張する。また賛成派は都構想の経済効果は数千億円と主張し、反対派はごくわずかと主張した。そしてこの議論はずっと平行線をたどったままだった。

 一方、住民の多くは賛否両論どちらについても決して公式見解をうのみにせず、むしろ都市戦略全体、大阪の将来という、より広い視点から都構想を捉えていたように思う。

 たとえば賛成派には「東京と並んで大阪が都になれば、日本第2の都市、西日本の首都としての位置づけがはっきりする。一極集中の中での衰退を脱する手掛かりになる」という期待感があり、また地元には「確かに大阪市役所は大きすぎるし、不祥事も多い。区役所に任せたらもっと目が届く」という考え方があった。

 一方、反対派の多くは「大阪の衰退はもう防げない。だが、なんとか暮らしていけるのだから今の府と市の仕組みを壊すのは危険だ」と考えた。

悲観的リスクテーカー vs 楽観的保守

 この意味で賛成派は今の大阪に満足せず、「何もしなければもっと悪くなる」と考える悲観論者であり、それがゆえに「都構想がもたらすかもしれないリスクは甘受する」と考える。彼らはいわば「悲観的リスクテーカー」である。一方、反対派は今の大阪に一応満足する。また仮に今以上に経済や社会状況が悪くなっても程度には限度があると楽観視している。そんな中で市役所をわざわざ解体する必要はないと考える。つまり「楽観的かつ保守志向」なのである。

 住民投票の結果を区ごとに見ると、住民の所得があまり高くない地域、高齢層が多い地域ほど反対派が多かった。この事実は上記の見方と符合する。そして、この2つの分類は大阪だけでなく、日本全国、いや会社の中など多くの組織にも存在する二項対立である。

 その意味で今回の大阪の住民投票は、現在のあるいは将来の日本の姿を鏡のように映し出したといえるだろう。

(以下、次回に続く)

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山 信一(うえやま・しんいち) 慶應義塾大学総合政策学部教授。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。国土交通省政策評価会委員(座長)、大阪府・市特別顧問、新潟市政策改革本部統括、東京都顧問および都政改革本部特別顧問も務める。専門は経営改革と公共経営。著書に『検証大阪維新改革』(ぎょうせい)、『組織がみるみる変わる改革力』(朝日新書)、『公共経営の再構築-大阪から日本を変える』(日経BP社)、『大阪維新 橋下改革が日本を変える』(角川SSC新書)、『行政の経営分析-大阪市の挑戦』(時事通信社)など多数。