前回は、センサーとデータ、通信技術の発達が自治体行政を大きく変える可能性があると紹介した。今回は特に行財政改革に与える影響を考えたい。

 行財政の将来を考える上で重要な要素といえば、「インフラ老朽化」と「人口の超高齢化」の2つである。程度の差こそあれ、この2つに対応した支出増が多くの自治体の懸念事項である。くしくもIoT(インターネット・オブ・シングス)とビッグデータはこの2つの課題の解決に貢献しうるのである。

インフラ投資の精度を上げる

 まずインフラでは、道路・上下水道など、これから更新期を迎えるインフラへの投資コストの抑制が課題であり、そこでセンサーとデータ分析が活用できる。例えば橋の振動数を測定し、早めの補修の必要性を予測する。そのことで問題発生後の大規模修繕を避け、あらかじめ、こまめに修繕を施す。それによってトータルの出費を抑える。こうした技術は中国電力(原子力発電所)、コマツ(建設機械)、ダイキン(エアコン)などで確立済みであり、今後は土木や官需でも応用されるだろう。

 さらに、データ分析を進めて、需要ピーク時に割増料金を、オフピーク時に割引料金を適用する「ピークロード・プライシング(混雑料金制)」を導入すれば、道路や橋、駐車場などの投資規模を抑制できる。人口が減り、自動運転も始まると、今までのような巨大な道路や橋、駐車場は必要なくなるだろう。しかし、インフラ投資は一度やってしまうと、何十年もその維持にお金がかかる。そこで繁忙期に料金を高く設定して、需要を平準化させ、ピーク需要を下げ、それに合わせてインフラ投資も抑える。

 ピークロード・プライシングは航空会社がすでに導入している。それと同じく道路にも使用料を課してピーク時の需要を減らすのである。これは有料道路のような使用料ではない。二酸化炭素の排出権に価格が付けられているのと同様、政策目的の実現のために市場のメカニズムを活用するのである。だがピーク時の価格設定は難しい。そこで過去のビッグデータに基づく分析が必要となる。かくしてビッグデータは過剰なインフラ投資を抑制するツールとなるのである。

高齢化の社会コストを抑える

 人、つまり住民の高齢化も行政コストを増大させる。特に大きいのが介護と医療、特に75歳以降の医療費の増大である。医療費は公的保険制度の下にあるが、実質的に約半分が公的資金で賄われる。さらに技術革新で高額治療が普及し、医療費の単価が上がり、しかもそれによって寿命も延び、治療期間も延びる。つまり重病を抱え、医療を受け続けながら長生きする高齢者が増えていく。

 こうした医療と介護の未来の姿の是非は価値観や倫理観を伴う政策課題であり、自治体だけでは解けない。しかし、現行制度を前提にした場合、自治体が目先の出費増を防ぐ方法はシンプルである。

 第1にできるだけ寝たきりにならないよう、予防策を講じる。第2に病気になったら重症化を防ぐべく、管理、あるいは働きかけをする。この2つである。そのためには、もちろん市民に健康ライフや予防、検診を呼びかければいいのだが、寝たきり予備群の人たちほど健康に無頓着という傾向があるらしい。

 そこで、病気の兆候がある人、重症化のリスクの高い人たちを抽出し、個別に健康指導をする自治体が増えている。今のところ、国民健康保険のレセプト(診療報酬明細書)データを使い、個々に危険事例を洗い出している(ハイリスクアプローチ)。さらに新潟市などでは、市全体、さらに区や地域ごとの病気の発生傾向なども分析しており、地域団体(町内会など)と市が連携して健康教室や減塩運動など地域の実情に合わせた活動を始めている(ポピュレーションアプローチ)。

 後者については集団検診や学校検診のデータも組み合わせていけば、ますます精度の高い地域健康戦略が組める。医療のビッグデータは議論されて久しいが、カルテの電子化がなかなか進まない。自治体レベルでできることとして、まず検診データとレセプトデータを使いこなすところから始めるべきだろう。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山 信一(うえやま・しんいち) 慶應義塾大学総合政策学部教授。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。国土交通省政策評価会委員(座長)、大阪府・市特別顧問、新潟市政策改革本部統括、東京都顧問および都政改革本部特別顧問も務める。専門は経営改革と公共経営。著書に『検証大阪維新改革』(ぎょうせい)、『組織がみるみる変わる改革力』(朝日新書)、『公共経営の再構築-大阪から日本を変える』(日経BP社)、『大阪維新 橋下改革が日本を変える』(角川SSC新書)、『行政の経営分析-大阪市の挑戦』(時事通信社)など多数。