サービス自体によるビジネスへ

 これまでは、顧客第一と言いながらも、ビジネス形態は「販売」だった。そのため顧客へ最適なサービスを提供しようにも、顧客接点が販売チャネルのみとなり、結局は価格競争に陥るという、事業者にも顧客にも望まれない状況を生み出していた。

 S-Dロジックでは、サービスそのものによるビジネスへとその観点を変える。これはソフトウエアにおける従来のパッケージ販売モデルと、「初期利用は無償、ヘビーユーザーは課金」というモデル(フリーミアム=Freemium=と呼ばれる)を比べると分かりやすい。例えば、「Dropbox」にしても「Evernote」にしても、ユーザーがサービスを体験し、その体験の質(UXの質)に納得すれば利用料金を支払うモデルになっている。そして重要なのは、両社ともそのモデルで自社のビジネスが成立している点だ。

 従来、初期費用を無償にするといったケースはあったが、結局は購入によってビジネスは成立させる現状があった。これが、S-Dロジックに基づくビジネスになると、体験価値は「付加」価値ではなく、事業の本質的な価値となる。事業者とサービス利用者がどのような関係を持つかまでが事業者の課題となるのである。既に明らかなように、このS-Dロジックにおいて、中心的な役割を担うのがUXとなる。S-Dロジックにおいては、すぐれたUXの実現は事業の成否を決める鍵となる。

UXは事業の根幹

 多くの事業体では、これから生き残るためにはS-Dロジックへの移行が必要であると捉えられており、このために各社でUX実現の方策を探求している。事業のS-Dロジック化によって、従来デザインの一付加価値と捉えられがちであったUXは、いまや事業の根幹をなすものとみなされるようになった。

 こういった位置付けでUXを考えると、単に顧客のためという視点だけでなく、どのようにビジネスに反映できるのか、自社事業の優位性を生かしたUXは何か、という側面からもUXを考え直すことができるであろう。

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 以上、UI/UXという表現、サービス・ドミナント・ロジックという二つの観点からUXについて考えてみた。単にUXという言葉を捉えると、良いにこしたことはない努力目標のようなものとして扱われがちである。

 だが、組織を横断して、ビジネスを変えうるものであるとの視点で捉えると、単に良くすればいいものではなく、しっかりとした戦略を持ち、具体的に実現していく必要があることが理解できるだろう。


長谷川 敦士(はせがわ あつし)
コンセント 代表取締役/
Service Design Network National Chapter Board/Service Design Network日本支部代表
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D.)。情報アーキテクチャ設計を専門分野としながら、Human Centered Designのプロセスを生かしサービスデザイン、ユーザーエクスペリエンスデザインを実践。著書に『IA100ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』、監訳書として『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics-Tools-Cases』ともにビー・エヌ・エヌ新社)などがある。NPO人間中心設計推進機構理事。