テニスには4歳の時に出会い、本格的な練習を7歳から始めた。プロに転向したのは17歳の時。34歳で現役を引退するまでの17年間にわたりプロテニスプレーヤーとして転戦を重ねてきた。今振り返ると、世界を舞台に戦うには「Big Pictureを描く」「自分の武器を見つける、伸ばす」「引退まで続ける」の3つが大切だと思う。

14歳で初めて世界に羽ばたく、のちのツアーのよい経験に

元プロテニスプレイヤー 杉山 愛 氏
元プロテニスプレイヤー 杉山 愛 氏

 世界を意識するようになったのは14歳の時のことだ。日本代表チームのメンバーとしてアジア遠征に参加した。他国の選手が当たり前のように英語を話しており、大きな衝撃を受けた。当時中学生だった私の英語力では、コミュニケーションを図れず、なかなか溶け込めなかった。それでも、彼らの輪に入ろうと「一緒に練習しよう」と声を掛けた。のちに世界ツアーで外国人選手に気後れせず戦えたのは、このときの経験があったからだと思う。

 翌年15歳の時に世界ジュニアランキングで1位に輝いた。もちろん、うれしかったが、世界を見渡すと同年齢の選手の中にはジュニアではなく、プロ選手として活躍している人もいた。彼らに刺激を受け、プロへの転向を視野に入れ、16歳から小さな大会を巡る下部ツアーに参加するようになった。

 プロ転向を決断する後押しをしてくれた1人が東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントで対戦したマルチナ・ナブラチロワ選手だった。ナブラチロワ選手は当時、世界のスーパースター。結果は3─6、6─3、3─6で敗れたが、1セットを奪った。試合後、ナブラチロワ選手が「あの子なら世界のトップ選手になるんじゃないかしら」とコメントしてくれたことを聞き、プロの世界でやっていけるのではないかという大きな自信を得た。

 しかし、プロ転向を表明した記者会見での発言には後悔している。プロとしての目標を聞かれ、私は「世界トップ10を目指して頑張りたい」と発言した。今振り返ると、なぜトップ10だったのか、なぜナンバーワンではなかったのか悔やんでいる。

トップ10は雲の上の目標、到達すると戸惑う気持ちも

 世界ランキングが200位を切ったばかりの当時の私にとって、トップ10は雲の上の目標だった。プロ転向から11年後、28歳でその夢がかなうと、充実感と満足感に満たされると同時に、「これからどうしよう」という戸惑いの気持ちも生まれた。その後、トップ5を目指すという新たな目標は掲げたが、届かなかった。

 初めからトップ10ではなく、ナンバーワンという大きな目標を掲げていたら、ナンバーワンに向けてさらにエネルギーをテニスに注ぐことができたのではないかという心残りがある。「Big Pictureを描く」はこの反省から生まれた。

 身長180センチ以上の選手も珍しくない海外の選手を相手に161センチの私が戦えたのは絶えず自分の強みを見つけようとしていたからだと思う。海外の選手は手足が長いうえ、パワーもあり、力と力の勝負ではかなわない。どうすれば勝つことができるのか、私の武器は何か、といつも考えていた。

 答えはすぐに見つからず、試合の中で勝ったり負けたりしながら探していった。それは、フットワークの良さ、スピード、体幹の強さ、精神的なムラのなさ、諦めない心。自分の強みを見つけるだけではなく、それを最大限に生かすトレーニング方法を探り、工夫を重ねた。「自分の武器を見つける、伸ばす」は海外選手との戦いから得た教訓だ。

 最後の「引退まで続ける」は、朝起きてから夜寝るまでに必ず実行する日々のルーティンワークのことだ。その重要性に気付いたのは25歳で初めてスランプに陥った時のことだ。まるで泥沼のようなスランプで、精神的にボロボロの状態になった。次第に練習や試合の中で打ち方やコントロール方法すら分からなくなった。

ボールの打ち方、肉体改造…テニスを全面的に見直す

 立ち直るきっかけは母の一言だ。相談をすると、「やるべきことをやりきったの?やりきれていないならやらなきゃ」と叱咤激励を受けた。私は奮起した。コーチに母を迎え、ボールの打ち方、肉体改造法、試合のスケジュールの組み方までプロとしてのテニスの取り組みを全面的に見直した。

 このときから日々のルーティンワークを始めた。例えば、朝と夜に30分ずつ行う呼吸法の鍛錬。毎日同じことを繰り返していると、疲労の度合いや体調の変化にも気付きやすい。調子が良ければ体の奥まで新鮮な空気が入り、よい呼吸ができていることを実感する。試合の前日や当日はうまくいかないことがある。そうした変化をしっかり受け止め、体が緊張していると分かれば、呼吸の時間を増やすなどの対処をし、次のステップにつなげられるようになった。

 これは私流の工夫だが、誰にも「これをやると調子がよい」「これをやっていくとうまくいく」というものがあると思う。それを増やしていくことで、どんな状況に直面しても対応できるようになるのではないか。

 世界の頂点を目指そうとすれば、辛いときはある。しかし、辛いときこそ、それを受け止めて、楽しむことが大切だと思う。好きな言葉に、遊戯三昧(ゆげざんまい)という禅の言葉がある。楽しいことをするのではなく、することを楽しむという意味だ。目標は大きいほど楽しい。日本が世界を引っ張っていくことができるよう、皆様のご活躍をお祈りしたい。