脳科学の成果を参考に考案されたディープ・ニューラル・ネットワーク(DNN)を使い、逆に人間の脳に宿る"知性"の秘密を解明できるかもしれない。そんな脳科学とコンピュータ科学のコラボレーションが始まっている。ディープラーニングの研究では出遅れた日本だが、脳科学との協調では大きな存在感を発揮できるかもしれない。

 ディープラーニングの成果を脳科学に生かす――そんな興味深い研究が産業技術総合研究所で行われている。同研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門 システム脳科学研究グループの林隆介氏は2013年、コンピュータ上のDNNと、サルの脳とを比較する実験成果を公表した。

 サルとDNNに同一の画像を見せ、サルの下側頭葉という視覚野にあるニューロン群が発する信号と、DNNの最上位層が出力した信号を比較した注1)。すると二つの信号には、従来の画像認識モデルと比較した場合よりも、高い相関が見られることが分かった。

注1)実験では、まずサルの脳に計224本の電極からなるマイクロ電極アレイを埋め込み、脳のニューロン群が発した信号を検知できるようにした。これと並行して、物体認識に適したDNN(5層のたたみ込みニューラルネットワーク、3層の全結合ネットワークからなる)を構築し、米エヌビディアのGPUボードを使って120万枚の画像データベースを学習させた。

 林氏はこの相関に基づき、サルの信号を線形変換してDNNの信号にするデコーダー(復号器)を作成した。このデコーダーを使うことにより、何か画像をサルに見せたとき、その際の電極の信号をDNNの信号に変換することができる。そして、DNNの学習に使った画像データベースの中から、この信号とDNNの出力信号が最も近い画像を検索することで、サルに見せた画像と類似した物体情報をもつ画像を推定することに成功した(図1右の8枚)。

図1●サルに見せた画像(左)と、その際の電極信号を変換したものに近いDNNの出力信号を持つ画像群(右)。右の画像が、サルが見た左の画像を良く再現していることが分かる
図1●サルに見せた画像(左)と、その際の電極信号を変換したものに近いDNNの出力信号を持つ画像群(右)。右の画像が、サルが見た左の画像を良く再現していることが分かる
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