動物の脳は、恐ろしく省エネルギーかつ高性能な超並列コンピュータである。この脳の仕組みを参考に、これまでのアーキテクチャとは根本的に異なるコンピュータを開発する試みが、米国、欧州、そして日本で始まっている。

 記憶装置にデータとプログラムを内蔵し、入出力バスでつながれた演算装置でプログラムを実行する――1945年にジョン・フォン・ノイマンが報告書を公表した「ノイマン型アーキテクチャ(von Neumann architecture)」は、今に至るも半導体コンピュータの基本アーキテクチャだ。

 米IBMも第2次世界大戦以降、パンチカード式コンピュータから、より柔軟にプログラミングできるノイマン型コンピュータへ移行。メインフレーム「System/360」、パーソナルコンピュータ「IBM PC」、RISCプロセッサ「IBM 801」を開発し、その後のハードウエア事業の屋台骨となった。

写真1●米IBMが開発したTrueNorthチップの外観
写真1●米IBMが開発したTrueNorthチップの外観
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 そのIBMが、ノイマン型とは異なる新たな半導体コンピュータの開発を進めている。2014年8月7日には米コーネル大学と共同で、ニューロン(脳神経細胞)の働きを模したニューロモーフィック・チップを開発したと発表した(写真1注1)

注1)米国防高等研究計画局(DARPA)が主導する、ニューロン細胞の機能を再現するチップの開発プロジェクト「SyNAPSE(Systems of Neuromorphic Adaptive Plastic Scalable Electronics)」の一環である。

 IBMはこのチップに、建物の上から撮影したカラー映像(400×240ピクセル、30フレーム/秒)を入力し、歩行者5人、自転車乗り1人をリアルタイムに追跡することに成功した。この時のチップの消費電力は63mWだった。単純な比較はできないが、GPU(グラフィックス処理プロセッサ)と比べてニューラルネットの1演算当たりの消費電力は10分の1以下だという。

 このチップは、半導体プロセッサの中でも最大級といえる54億個のトランジスタを搭載。これらが100万個のニューロン、2億5600万個のシナプス(ニューロン間結合)を備えたニューラルネットワークとして機能をする(写真2)。ニューロン数でいえば昆虫の脳に相当する(人間の脳の1万分の1)。

 このチップの最大の特徴は、同社が「TrueNorth」と呼ぶ、非ノイマン型のアーキテクチャを採用した点だ。TrueNorthチップは、一般的なプロセッサとは異なり、メモリーからプログラムを逐一読み込む必要はない。

写真2●チップの回路写真。64×64のコアが並び、各コアが演算、記憶、通信の機能を担う
写真2●チップの回路写真。64×64のコアが並び、各コアが演算、記憶、通信の機能を担う
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 このTrueNorthチップ自体には、ニューラルネットに望みの機能を与える「学習」の機能はない。だが、外部のコンピュータを使って学習させたニューラルネットのパラメータを取り込むことで、学習済みニューラルネットをチップ内に再現できる。

 例えば、物体認識のために学習したニューラルネットのパラメータを組み込めば、後は画像データを入力するだけで、チップは物体の種類や座標を出力してくれる。目的特化型のチップと異なり汎用性も高く、物体認識に加え音声認識、数字認識、視線認識などで正しく動作することを確認済み。まだ本格的に"ディープ"なニューラルネットは実装していないが、DNNの実装も可能だという。

 なぜIBMは今、「脱ノイマン」を指向したコンピュータの開発に挑むのか。