ソフトバンクグループが約3.3兆円で買収する英アーム(ITpro関連記事:「次のパラダイムシフトであるIoTに賭けた」、孫社長がARM買収の理由を説明)。その最大の強みは「省電力の半導体設計技術」…と考えるのは、一面的な見方に過ぎない。

 アームが提供するCPUコアの回路が省電力性能で優れるのは間違いないが、ただ省電力を追い求めるだけなら、より機能を限定したCPUコアを採用するなど別の方法もある。米アップルや米クアルコムは、アームから半導体回路ではなくARMの命令セットアーキテクチャー(ISA)のみ提供を受け、省電力化を含めたCPUコアの設計は自社で手掛けている。

 企業としてのアームの最大の強みは、スマートフォンからタブレット、IoT、車載機器、サーバーまで、ARMアーキテクチャーを支える「仲間」となる企業や技術者のエコシステムを作り、そのニーズに合うハード/ソフト技術を先取りして獲得する力だ。

 例えばIoTの分野では、アームは2015年にBluetoothソフト/ハード開発の米企業2社と、IoTセキュリティのイスラエル企業1社を買収している。中長期的な視点で技術に投資し、知財を獲得するアームの姿勢に、多くの企業は信頼を寄せ、ARMアーキテクチャーに基づくソフトウエア資産を積み上げる――これがアームの勝ちパターンである。

 この「仲間作り」というアームの強みに注目した企業の一社が富士通だ。同社は、2020年に完成予定のスパコン「ポスト『京』(仮称)」向けプロセッサの開発で、命令セットを従来のSPARCからARMへ切り替える(ITpro関連記事:HPCに3年ぶり衝撃、中国産プロセッサ「申威26010」を解剖する)。

 富士通はなぜ、命令セットにARMを採用したのか。富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部長の新庄直樹氏、次世代テクニカルコンピューティング開発本部 第一システム開発統括部長の清水俊幸氏に聞いた(取材はソフトバンクによる英アーム買収発表の前に実施した)。

(聞き手は浅川 直輝=日経コンピュータ



なぜ富士通は、ポスト「京」の設計に当たり、命令セットをSPARCからARMに変更したのか。

富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部長の新庄直樹氏(左)、次世代テクニカルコンピューティング開発本部 第一システム開発統括部長の清水俊幸氏(右)
富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部長の新庄直樹氏(左)、次世代テクニカルコンピューティング開発本部 第一システム開発統括部長の清水俊幸氏(右)
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 これは、2012年に運用を始めたスパコン「京」の反省、のようなところがある。

 我々が「京」、FX10、FX100といったスパコンのプロセッサにSPARCを採用したのは、それがオープンな仕様であり、命令セットの拡張も容易だったためだ。

 ただSPARCの採用に当たり、どのOSを使うかが問題になった。SPARCで実績あるOSとしては「Solaris」がある。だが、ビジネス用途のSolarisは、超並列スパコンとして使うには処理がやや重い。そこで、PCクラスター型スパコンで実績があるLinuxを、SPARCに移植して使うことにした。