ゴールドラッシュとは、まさにこのことだ。多くの企業がチャンスを求め「IoT」(Internet of Things)というバズワードに群がる様は、19世紀の米国カリフォルニアで起きた金鉱脈目当ての一大ムーブメントを連想させる。当時は、たくさんの開拓者がカリフォルニアの地に一攫千金の夢を追い求めた。ただ、ゴールドラッシュには後日談がある。金の採掘で富を得たのは限られた者のみで、多くの開拓者は経済的に破綻、あるいはそれに近い状態で夢破れたという。

 実は、ゴールドラッシュにおける成功者は、金の採掘者である“現場の当事者”ではなく、採掘者達に必要な道具や衣類を販売した者の中から誕生した。ジーンズの世界的ブランド「Levi’s」の創業者であるリーヴァイ・ストラウスなどはその代表例である。既存のズボンでは作業時に破れたり、縫い目がほつれたりするするため、リーヴァイ・ストラウスは、分厚いテント地を利用した丈夫なジーンズを作り販売し好評を得た。このときの成功が、現在の世界的ジーンズメーカーとしての礎を築いたと言っても過言ではない。

 「ビッグデータ」「クラウド」「インダストリー4.0」など、最近のITビジネスに彩りを添えるいわゆるバズワードの中でも横綱級の注目度を誇っているIoT。現状を俯瞰する限りにおいては、前述のゴールドラッシュで言うところの、リーヴァイ・ストラウスの立ち位置を狙う事業者、つまり、ソフトベンダー、ハードベンダー、コンサルタントといったIoTのための「ツール」「仕組み」「知恵」を提供する事業者の熱気ばかりが先行しているかのように見える。

価格もサイズも“巨大”な“モノ”の話ばかり

 いまだそういう状況だけに、いかんせん成功事例が少ない。少なすぎる。あらゆる「モノ」がネットに接続する「モノのインターネット(Internet of Things)」というからには、ありとあらゆるところにビジネス事例が偏在してもおかしくないのだが、一般にIoT元年と言われる2015年を経て2016年も四半期が過ぎようとしているのに、現場レベルの話として「IoTを導入してこんな成果をあげています!」という力強い話は決して多くない。

 成功例として聞こえてくるのは、飛行機のエンジンや大型建機といった価格もサイズも“巨大”な“モノ”の話、あるいは、極めて実験的な取り組みばかりで、異次元の話を聞かされているようだ。ふーん、という空虚な相づちしか出てこない。Internet of Thingsの言葉から連想するのは、小さくて安価なあらゆる“モノ”がネットにつながり、そのような“モノ”の成功事例が雨後のタケノコのように目の前に林立し、ライターとしてどこから取材しようかと嬉しい悲鳴を上げる状況なのだが、それはまだ先のようだ。

 おそらく、筆者のような「素人よりちょっとだけITに詳しい」人間にとって、「IoT」が未だにふわふわとして実像を伴わない言葉遊び(に近いもの)に感じるのは、腑に落ちる卑近な事例が少ないからなのだろう。IoTの最前線で日夜ビジネス構築に勤しんでいる人であれば、具現化された架空実例が頭のなかに瞬時に5個、6個と思い浮かぶのかもしれないが…。